最強のタッグ(1)
「ん、んん……あ、れ? 私……」
少しだけ遅れて、唯もゆっくりと目を開けた。
まるで、寝起きのように目がぼんやりとしている。
しかし、すぐにレオナのことを思い出したのか、前に立っているレオナに
「レオナさん、大丈夫!?」
と急いで立ち上がり、駆け寄よろうとしたが俺が腕を掴み引き止める。
「傷の件なら大丈夫さ。グレンが治してくれたから」
「え? 本当に?」
「うん、みんなの傷は全快してるから安心して良いよ。あとは風間だけ」
レオナが目の前にいる吸血鬼を見つめながら言うと、
「あとは拓だけだが方法はある」
グレンが「何の心配もいらない」とでも言うような口調で会話に入ってきた。
「へー、どうするの?」
レオナの問いかけに答えるように、先ほど掌底を食らわせた手に付けられている指輪を俺たちへ見せ付ける。
先ほどのネックレスと同じようにして使うことが簡単に予想出来た。
「この指輪の中には精神分離の魔法が封じられる。これを風間に接触させて解放させたら、吸血鬼の精神が飛び出る。そうやって、お前が手下にした魔物の人間を救ってきた」
「あー、なるほどね! さっきは邪魔してごめんね! ……なんで、その魔法を封じ込めた指輪を持ってるの?」
「お前がこっちでも味方を増やさないとも限らないだろ。そのせいだ」
「どんだけ私は極悪人扱いなんだろ」
レオナは不満そうに呟く。
俺には分からないが、あっちではそれだけのことをしてきたのだろう。グレンの行動は何も間違ってはいない。きっと、俺も勇者ならグレンと同じようにある程度準備を整えて、こっちの世界に来るのだから。
「魔王、そろそろ行くぞ」
「オッケー。援護してあげるから失敗しないでよ」
「当たり前だ」
「くっ!」
風間は一時的に戦線離脱しようと考えたのか、上空に浮かぶ。
「逃がすと思う?」
レオナは言葉と共に手を振り下ろすと、風間が上から何かを食らったかのように地面に叩き落される。
落とされた後も地面に縫われたように立ち上がることも困難なようで這い蹲る。いや、地面もどんどん埋まっていく。
「重力魔法か」
「飛ぶ相手にはこれが最適でしょ? まぁ、グレンのおかげでこの魔法が使えるんだけどね。優太の時は下手に攻撃するわけにはいかなかったし。そもそも回避に専念しないといけなかったけど、グレンは自分の身は自分で守るって信じてるし……」
「もし、食らった場合はどうするんだよ?」
「その時はその時だよ。まぁ、あんなのに負けるようじゃ、私を倒すにはまだレベルが足りなかったってことで」
「嫌味な言い方だな」
「魔王ですから」
二人はのん気だった。
言ってみれば、あっちの世界で最強最悪のコンビなのだから、下手に戦うと死を意味する。
つまり、怖いものなんて存在しない状況なのだから。
風間の戦線離脱は選択としては間違っていないのだ。レオナの実力を見誤っていたということを除いては……。
「話しててもしょうがないな」
グレンはゆっくりとした歩みで風間へと近づいていく。
逃げることが出来ない風間にプレッシャーを与えるかのように、ゆっくりとした足取りで。
「くそくそくそくそくそ! うごけうごけうごけうごけうごけうごけ!」
風間は必死に声を漏らす。
まるで、それを念じるかのように大声で言っていた。
その結果、風間はほんの少し身体が立ち上がり始める。
全力を出せば立ち上がることが出来ると確信した風間は、目を赤く充血させて叫び声を上げながら、ゆっくりと立ち上がった。
あとは動いて、その場所から逃げるだけとなったが、それはレオナの残酷な言葉で打ち砕かれる。
「はい、さっきの重力に戻すよー」
再び風間は地面に這い蹲らされた。
ショックで何も言えないぐらい、心を打ち砕かれてしまったらしい。
顔面蒼白していた。
「おい、レオナ。酷くないか?」
「え? 酷くないよ。普通でしょ? 魔王である私に逆らったし、傷をつけようとした。挙句の果てに殺そうともしたんだよ? これぐらいの罰は普通じゃん」
悪気のない屈託のない笑顔。
俺はゾッとした。
クラス会議以上の冷たさがそこにはあったからだ。
これが本当のレオナの本質なのかもしれないということに、恐怖を感じずにはいられなかった。
「胸糞悪いが同意しざるおえないな。魔王らしい行動ではあるがな」
「褒めないでよー」
「褒めてないぞ」
グレンも否定はしなかった。
いや、グレンはそういう戦いを今までしてきたことを語るような口調。
根が優しいということは会話の流れから分かっていた。
だから、ピンチになっていた俺たちを助けてくれたのだろう。
「魔王、解除しろ」
「はいはいー」
風間に触れる位置まで来たグレンがレオナに言うと、レオナはその指示に従い、重力魔法を解く。
そして、風間の肩に手を置き、
「解放!」
と叫ぶと風間の身体から黒い煙が噴き出し始める。
「さ、本体が出てくるよ」
その煙は集まり始め、ある一つの生物の形になっていく。
「あれって、もしかして、あれ?」
「たぶん、あの生き物だよな。実際、見た事ないけど」
「うん、私も昔に生き物図鑑でしか見た事ないよ。でも、可愛くなかったなー。ネズミみたいで」
「ネズミといえばネズミみたいだよな。羽を閉じた状態なら」
俺と唯は初めて見るその生き物にちょっとだけワクワクしながら思ったことを話し、その煙を見つめていると案の定、コウモリへと変化した。
なぜか人間並みの大きさで。
そのことに対しての驚きはあったが、他の驚きは一切ない。
なぜなら、吸血鬼=コウモリは当たり前のものだったから。
「コウモリが人間の大きさになると気持ち悪いね。まぁ、小さくても私は飼ってみようとは思わないけど……。血を吸われたら嫌だし」
「血を吸うコウモリは少ないらしいな。どうも植物や虫とかが主な食料みたいだ」
俺はスマホを操作しながら、唯に説明した。
さすがはウィキペディア。気になった事をこうやって調べるのはもってこいである。
唯も感嘆な声を漏らす。
「へー! でも、興味ないかな」
「女の子だからな、しょうがない」
「二人とものん気だね」
レオナは苦笑していた。
「レオナのことを信じているからな」
「期待通り守るからいいんだけど。でも、あいつは血を吸うから気をつけてね?」
「え?」
「ウソ」
「嘘じゃないよ。下手に噛まれたら、血を全部吸われて死ぬ可能性あるから」
背筋に一気に寒気が走った。
それは唯も同じだったらしく、俺たちは自然と顔を見合わせる。
「さ、本格的にあいつを狩らないといけないから、優太も唯も油断しないように! グレン、やるよー!」
「準備はいつでも出来てる」
レオナは俺たちを脅したわりには余裕そうな口ぶりでそう言ったが、グレンは警戒しているような声。
それだけで、さっきまでバカにしていたことを俺はものすごく後悔してしまった。




