第二ラウンド(2)
「それはどういう方法なんだ?」
「怒らずに聞いてくれる?」
「怒らすような方法を言うのか?」
再び目を逸らすレオナ。
明らかに俺が拒否するような方法なのだろう。
でも、俺では解決する方法が見つけられない。つまり、聞く以外の選択肢が取れなかったため、
「分かったよ。聞くだけ聞こうじゃないか」
と答えた後、小さくため息を吐いた。
「なんか、不安だけど説明する。あれは腕輪自体が魔物と考えていいんだよ。言ってみれば、契約した者――今回はグレンなんだけど、あいつに魔力を与えるような素振りをして、実は逆に魔力を吸収して腕輪が蓄えてるの。んで、その腕輪にいる魔物が宿主の肉体を奪って、魔物にするんだから、風間の方を気絶させればいい。意識がなくなれば、腕輪の効果がなくなるんだし……」
「勇者でもいいじゃん」
「出来ると思う?」
「いや、無理だな」
それは考えなくても、すぐに分かった。
レオナは俺が傷付かないように動いているため、攻撃はしていても距離を取らせることが目的に近い。なるべく回避に専念している状態では気絶を狙う事は無理なのだ。
ということは、どうにかして風間を気絶させないといけないということになる。
「そういうわけで頑張ってね!」
「やっぱり俺なのか?」
「うん。じゃあ、私が風間を気絶させる役しようか? その代わりに勇者の相手をしてもらうけど」
「それを言われると、俺以外やれる相手がいないな」
「ちなみに十分以内にね」
「は?」
「さっきの状態を見る限りでは、それが限界なんだから仕方ないじゃん。それを超すと魔物になるよ?」
「……」
いきなり責任重大すぎて、俺の思考は停止した。
そもそも、俺は約束の件でケンカから逃げてきた。ケンカ素人と言っても過言ではないのだ。そんな俺がぶっつけ本番で気絶させるには鈍器的な何かが絶対に必要になる。
周りにそんな鈍器になりそうなものがないか探してみるが、そんなものは一切ない。
こんな時に限って子供がケガしないように清掃をちゃんと行っている公園の管理人を恨みたくなった。
「レオナ、鈍器を出せ」
「無理。そんなの生成してる時間なくなったから!」
レオナは空中に飛び上がる。
その瞬間、レオナが立っていた場所に切れ込みが入った。
吹っ飛ばれた風間とグレンが戻ってきたと分かるには十分な知らせ。
「くっそ……漫画みたいに首とか手刀して気絶を狙ってみるか?」
レオナとグレンが戦闘を始めたように俺の視界にも風間の姿が移った。
一歩一歩、確実に近づいている。
悩んでいても仕方ない事は分かっているが、それでも悩んでしまう。
悪い癖だ。
さっきからウダウダしていても、最終的には気絶させなければならないのに……。
だから、俺は風間に向かって走った。
「やっと、やる気になったか!」
「その通りだよ!」
狙うは首。
そんなに簡単に攻撃を当てさせてくれるとは思わない。
じゃあ、どうする?
どうにかして隙を作らないといけない。
「レオナ!」
「分かった」
名前を呼ぶと、俺の考えが分かったらしく、すぐに返事が返ってくる。
俺はそのまま地を蹴り、風間に飛び蹴り。
しかし、簡単に避けられてしまう。
さっきより、風間の動きが早くなっているような気がした。
なぜなら、俺が着地して顔を後ろに向けた時には、すでに俺の背後まで距離を詰めていたからだ。
「隙だらけだ。死ね!」
「させないっての!」
俺の様子をしっかりと見ていたレオナの攻撃によって、勇者の頭が下に強制的に向けるような攻撃をしたらしく、風間の頭が下に向けられる。
バランスを崩したこのタイミングを狙い、俺は素早く立ち上がり、風間の後ろに回りこむ。
そして、当初の予定通り、風間の首に手刀を打ち込んだ。
風間はレオナの攻撃で下を向いていたこともあり、さらに俺の追撃でなす術もなく、地面に倒れ伏す。
「や、やったか?」
気絶してくれていることを俺は必死に願った。
というか、してくれないと困るのだ。
改めて痛感した事がある。
やっぱりケンカは性に合わないということ。
ブチ切れた時ならまだしも、理性がある状態ではどうしても手加減してしまうから。そう、たぶん今の一撃ももしかしたら……。
「っ! 優太、そのまま首に腕を巻きつけて、頚動脈を閉めて! まだ、気絶してない!」
「うっ、く!」
気絶していない事に気付いたレオナが俺に向かって怒鳴りつける。
俺に対する初めての怒号に怯えてしまった。
その一瞬の出来事が逆に隙を生んでしまい、立ち上がり際の後ろへの蹴りが俺の腹部に入る。
「かはっ!!」
そんなに痛くはない。
痛くはないが、最悪なことにみぞおちに入ってしまい、中からのダメージに俺は蹲ってしまう。
「あんなヘナチョコな手刀が効くわけないだろうが、よっ!」
蹲っている俺の前に風間が俺の前に立ち、嘲笑すれば、俺の頭へ回し蹴りをしようと身体を回転させる。
「だから、させないって言ってるでしょ!」
それを読んでいたのか、レオナが風間とは反対から回し蹴りを食らわすと、その衝撃で再びバランスを崩して倒れこんだ――かに見えたが、即座に体勢を立て直し、距離を取った。
そして、グレンがいきなり地面へと落下してくる。
受身すら取らずに。
風間は空を見上げながら声にならない声で吼えた。
瞬間、風間が自分の身体から噴き出した煙に覆い隠される。
「っ、遅かった!」
「う、嘘だろっ」
「嘘じゃないよ。だからグレンも気絶したんだし……。最悪な展開だね」
「風間を助ける手はないのか?」
「あるよ。あるけど、今の段階では結構辛いかも……」
レオナは悔しそうに爪を噛む。
苛立っているらしい。
さっきの手刀でちゃんと気絶させておけばよかった、と後悔してしまった。
即座に俺はレオナによって、頭を叩かれる。
「今さら後悔しても駄目! それより、これからでしょ。正直、優太の身体を守りきれる自信はないから。そもそも、こっちの世界であいつが私の言う事を聞くかどうかも分からないし……。だから死ぬ覚悟まではしなくていいけど……、ううん、それぐらいの覚悟はしといてね」
「わ、分かった。つか、それぐらいしか俺は役に立たないんだろ?」
「っていうか、唯を助けてあげて。邪魔しないように必死に口を閉ざしてるけど、本当は心の底から怯えてるから」
レオナに言われて、さっきから唯が会話に入ってきてない事に気付く。
改めて、唯を見ると必死に口を閉ざしていた。
俺たちの邪魔をしないように。
俺の気が散らないように。
泣きながら必死に我慢していた。
「本当に駄目駄目だな。女の子に助けられてばかりだ」
「しょうがないよ。人間だしさ。っていうか、女の子は逆境に意外と強いってことを覚えておいてくれたらいいよ」
「『母親は強し』って言葉があるぐらいしな」
「私には分からない言葉だけどね」
「いいや、とりあえず俺は唯を慰めてくるから、あいつの相手、頼むな」
「任せて」
風間の身体の変化が終わったのか、煙が晴れる。
風間が立っていた場所に立っていたのは、紳士服を着た青年だった。




