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父親の再婚(2)

 洗面台で何回か顔を洗い、なんとか気分を落ち着かせた後、席へ戻ろうと入り口に向かうと偶然にも扉が開いたかと思えば、入ってきたのはレオナさんだった。


「ちょ、おいおい。ここは男子トイレだぞ!」


 女子トイレに入るように当たり前の表情で入ってきたレオナさんに慌てて、俺はそう言った。

 そもそもここは女子トイレと男子トイレを間違える事は絶対にない造りになっているはずなのに、なんで普通に入ってきたんだ!? 

 レオナさんの手を掴んで、引っ張り出そうとしたら、その手を叩かれる。


「え?」

「優太に話があってきたの」

「そんなの後でも出来るじゃないかよ。つか、男子トイレだって!」

「知ってるわよ。だから表に掃除中の看板立てて来たから問題ないでしょ?」

「そういう問題じゃ――」

「私の正体に気付いているんじゃないの?」


 レオナさんのその言葉に俺は止められた言葉を飲み込んだ。

 やっぱりそうなのか。

 あの日、俺の部屋から落ちてきた女の子はこの子だったのか。

 疑問はたくさん浮かぶ。あの時は意味の分からない言葉を喋っていたはずなのに、今は流暢な日本語を話している事。なんで父さんの彼女の娘になっているかという事。他にももっとあるが現在の状況で一番聞きたいことは父さんのことである。

 尋ねようとした矢先にレオナさんの方が先に口を開いた。


「あの時は助けてくれてあり――あ、そうでもないか。誰か来たせいで治療されなかったしね」

「戻ったらいなくなってたくせに。っていうか、そんなことはどうでもいいから」

「そう? あ、ちなみに優太のお父さんは私の魔眼で操らせてもらってるから」

「……」


 俺は無条件で拳をレオナに向かって繰り出す。

 しかし、余裕の表情で止められる。


「ふざけんな!!」

「大きな声出さないでよ! 誰か来たらどうすんの!?」


 そのまま反対の手で俺は口を塞がれる。

 塞がれた手に噛み付いてまで反抗しようと思ったが、レオナの眼が光ると俺は身体が硬直し、動けなくなってしまった。動こうと全身に力を入れるにも関わらず、全く動く気配がない。

 その事を確認出来たのか、レオナは俺の口から手を離す。


「乱暴しないでよね。私が居た世界とは違って、身体能力も下がってるんだから。優太のお父さんの記憶を軽く弄って、あの彼女さんに娘が昔からいたようにしただけだしね。あ、彼女さんは本当に優太のお父さんの彼女さんだよ?」

「なんでそんなことをしてんだよ?」

「優太を見張るため。私が『別の世界から来た魔王』ってことを誰にも言わないようにだよ? それ以外、こんなことするはずがないじゃん」

「それだけのために?」

「うん。一日中見張れる環境を考えたら、これぐらいしか思いつかなかったんだよねー。こっちの世界の言葉を覚えるのも結構苦労したんだよ?」


 腕を組み、しみじみと語り始める彼女。

 どんだけ苦労したとか俺にはどうでもいい。つか、魔王とか今の今まで知らなかったのに、なんで自分の口からそんなことを話し始めてるんだ? 意味が分からないんだけど? 本当はこいつ馬鹿なんじゃね? この一ヶ月の間にお前の存在なんて思いっきり忘れていたわ。どうでも良すぎて、心配すらしてなかったんだけどな。

 そんな俺の気持ちなんて知らないレオナさんは今もまだこの一ヶ月の苦労話を続けている。


「それより父さんは大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。この幻術が解いたとしても二日ぐらい寝込む程度で済むから」

「寝込むぐらいなら、まだマシか。っていうか、俺の監視ってどういうことだよ? んなの誰かに言うつもりもないし、元よりレオナさんのことなんてすっかり忘れてたに決まってるだろ」

「え、本当に?」

「うん」

「ちょっとでも思い出したりしなかった?」

「うん」


「あのシーツに付いた血とか見て――」

「洗ったけど、気持ち悪いから捨てた」

「私の胸とか見て、エッチなことと――」

「するわけないじゃん。忘れてたぐらいなのに」


 レオナさんのビンタが俺の右頬にヒット。

 動けないため、今まで感じたことがないぐらい痛みが頬に走る。


「何するんだよ!?」

「私のことを思い出して、いろいろ探してたりしてないかなって思ってた私の気持ちや今まで苦労した時間を返せ!」

「知るかい! そもそも今の時点で巻き込まれてるのは俺の方だろ。そういうわけで幻術を解いて、同居することを諦めろ」

「やだ」


 レオナさんは即答した。

 考え直すとかそういう間もないほどの速さで。

 今までの会話でレオナさんのプライドを傷つけてしまったのだろう。ちょっと半泣きになっているレオナさんの目には怒りに満ちた強い意志を感じた。単純に睨まれているだけなのかもしれないけど。


「こうなったら私の魔眼で幻術をかけて」

「あのさ、その幻術で俺と会った記憶を消した方が早いんじゃなかったのか?」

「……」


 その場にしゃがみ込み、レオナさんはいじけ始める。

 どうやらその考えを思いつかなかったらしい。

 自分のせいではないけれど、なんだか俺が悪い気持ちにさせられてしまうのはなぜなのだろうか?


「わ、分かったよ。一緒に住めば、文句ないんだろ?」

「……いいの?」

「レオナさんが良いなら、それでいいよ」

「うん。それじゃ、先に戻ってるから」


 レオナさんは顔を明るくしたかと思うと、そそくさとトイレから出て行った。

 それと同時に俺の身体の自由が戻る。

 一緒に住むという意思を決めたのは、最後は自分の判断で下したけれど、遠回しに丸め込まれた気がしてしまった。それよりもあんな調子で本当に魔王だったのかと思ってしまう。詳しい話を聞けたわけではないけれど、情けなさ過ぎる。「あんな魔王だったら、俺でも勝ててしまうのではないか?」と錯覚してしまうほどに。


「あ、早く戻らないとやばい」


 スマホをなんとなく確認すると、トイレに三十分ほど引きこもっている事に気付く。本来は十分もかからないのに、レオナさんのせいでかなり時間を食ってしまった。

 トイレから飛び出るように出ると、レオナさんが立てたという掃除中の看板はすでにない。つまり、トイレから出た後、片付けたらしい。

 席に戻ると三人はお茶をしていた。

 レオナさんにいたってはなぜかオレンジジュースにチョコパフェまである。

 まるで、今まで食べたことがなかったように目を輝かせて美味しそうに食べる姿がものすごく印象的だった。


「ただいま」

「ん、考えはまとまったか?」

「無理しないでいいのよ?」

「大丈夫ですよ。俺がレオナさんと一緒に暮らせばいいだけなんですから」

「変なことするなよ?」

「しない。魅力云々関係なしに出来ません。お義母さんになる人の娘にそんなことが出来ると思ってるのかよ」

「それならいい」


 父さんがこっちを向いて話しかけてきたため、なんとなく父さんの目を見てみる。まるで本当に操られているかのように少しだけ目の光がないような感じがした。

 それはお義母さんとなる人も同じ。

 かけた本人はすでにチョコパフェを瞬食し、満足そうな笑顔を浮かべている。


「それでさ、いつから一緒に暮らす予定にしてるの?」

「明日から」

「急だな」

「父さんたちは明日からちょっと海外に行くことになったんだ。すまない」

「うん、そうなんだ。大変だね。こっちのことは任せてくれ」

「はい、大丈夫です。お義父さん!」


 胸元でガッツポーズするレオナさん。

 他人事のように言っているけど、原因はレオナさんが作っていることは間違いないだろう。今の今まで海外の話なんか聞いたこともなければ、話されたこともない。ご都合展開にも限界があるはずだ。

 むしろ距離を離された方が父さんたちも無事だと考えるとそっちの方が俺にとっても好都合。


「じゃあ話は終わったみたいだし、俺は帰るよ」

「この後、一緒に食事でも――」

「ごめん、ちょっと用事があるんだよ」


 俺はそう言って、ファミレスから逃げた。

 やっぱり現在いまの父さんを見続けるのは精神的にキツかったからだ。

 こうして、俺とレオナさんの同棲が始まった。


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