レオナの過去
それから、時間が経つこと三時間半。
俺は真っ暗な部屋でレオナが起きるのをずっと待っていた。
今の俺に唯一出来ることがそれしかなかったからだ。
それ以外のことはやる気もしなかったし、やる気が起きたとしてもきっと行動しない自信すらあった。
「んっ……」
不意に聞こえたレオナの声に反応して、俺はレオナの顔を覗き込んだ。
今まで動く気配すらなく死んだように眠っていたため、その小さな声にさえ敏感に反応してしまった。
「レオナ?」
「おはよ……ごめん、心配かけて……」
寝る前までの苦しさは一切ないらしく、何ごともなかったように身体を起こし、身体を動かしてはポキポキと骨を鳴らし始める。
「お、おい、怪我は?」
「ん? 完治とはいかないけど無理をしない程度には大丈夫。ま、これから無理をするつもりだけどさ」
「もうちょっと休んでから――」
「唯が待ってるから、迎えにいかないと」
「――そうだな」
「あ」
「え?」
レオナは俺の方をマジマジと見てから、にっこりと笑う。
なんとなくその笑みに違和感を覚えた。
しかし、レオナは俺の不思議そうな顔を気にも止めず、話を続ける。
「ううん、なんでもない。優太の言うとおり、もうちょっと休憩していく。それに話したいことも何個かあるしね。一つ目はあのワープに関して話そうかな?」
「あ、ああ」
「あれは『魔道』って言うの。拠点にしたい場所に魔法陣を描いておくだけで、簡単に移動出来る魔法。優太からすれば、ワープっていう解釈で十分だと思う」
「へー。って、なんで俺の部屋?」
レオナは俺の質問に呆れた表情を浮かべる。
まるで、俺がその意味を直感で察してくれている、と思ってたらしい。
「なんでって、今日みたいに勇者に襲われた時のためにだよ。だって、お別れの挨拶ぐらいはしたいしさ。基本的にこの部屋で会うことの方が確率高いしね」
「それもそうか」
「勝手にいなくなった方が嬉しかった?」
「いや、逆に心配だな」
「だから、作っておいたの。まさか、逃げるために使うとは思ってもみなかったけど……」
今回の行動に対して、意外だったと言わんばかりの苦笑いを浮かべるレオナ。
それもそうだろう。
今まで「殺されてもいい」とわざわざ口に出すぐらい死ぬ事を渇望していた。俺と唯は死んでほしくない、と思っていることを分かっていても……。
だからこそ、俺はこのタイミングでレオナにそのことに対して質問する事にした。
「なんで、そこまでして死にたがるんだ?」
「え?」
「普通は生きたいと思うのが普通じゃないか。それなのに、なんで勇者に殺されたいって願うんだよ?」
「いつかはその質問をされるとは思ってたけどね。ちょっと遅いよ。まぁ、いいや。私が『死んでもいい』って言い切る理由は一つ。もう思い残す事がないから」
「はぁ?」
「思い残す事がない」の一言に意味が分からず、間抜けな声が出てしまう。
魔王としての役割が世界征服なのは間違いないはずだ。
レオナの雰囲気からして、征服行動をしている最中にグレンに邪魔されたような気がした。いや、成功していたとしても自分に逆らう相手がいる限り、成功とは言えないのではないだろうか?
「やっぱり訳が分かんないよね」
「当たり前だろ」
「話はね、私が魔王として転生する前の話になるんだけどさ。実は私も人間だったの」
「マジか」
「うん、大マジ。しかも婚約してたんだよ。優太みたいな――ううん、優太かな? 顔も性格も似てるしさ。もちろん別人だと思ってるから心配しないでね」
いきなりすぎるその暴露話に俺は衝撃を受けてしまった。
なんで、こんなに俺のことを親身に思ってくれていたのかも、その言葉から分かってしまう。
「そんなに驚いた反応しなくてもいいじゃん」
俺の反応に恥ずかしそうに頭を掻くレオナ。
そんな反応をレオナがするから、俺もなんとなく居心地が悪くなり思わず顔を逸らしてしまった。
「しょ、しょうがないだろ。まさか、そんなこと言われると思ってなかったんだから」
「だよね、言わないつもりだったんだけど……。っと、本題本題。私の許婚は、その町の領主の息子が狩猟をしてた時に、動物と間違えて誤射されて死んじゃったの。こればかりは運もあるから、しょうがないことなんだけどね。許せなかったけど、許すしかなかった感じかな」
「いやいや、そんな単純なものじゃ――」
「そう思うしかなかったの! それが平民と領主、身分の差なんだからさ。悲しくて、寂しくて、辛くて、憎くて、その息子を殺したくもなった。だけど、我慢するしかないじゃん。どうしようも出来ないんだから」
そこえ一旦区切ったかと思えば、憎悪に満ちた目で何もない空間を見つめる。まるで、その場所にその相手がいるかのように
「でもさ、事もあろうにその息子は私に結婚の申し込みをしてきた。それでさ、『あんなしょうもない奴より俺の方がいいだろ? だから殺してやったんだ、感謝しろ』って言ってきた。その時、分かったんだ。誤射じゃなくて、本当は狙ってやったんだって……。そう思うとね、生きてる意味がなくなって、私の中に残ったのは憎しみや怨み、そんな感情だけだった。だからね、死ぬ事にした。逆らうことも出来なかったから」
饒舌だった。
レオナは憎悪の目から何も考えてないような無機質な目に変わり、真顔でスラスラと詰まることなく言い切る。
その時の光景を今、まさに体験しているかのようだった。
「んでさ、死んだ後、私は魔王に転生したの、人間の記憶を持って。なんで魔王になったのかは分からないけど、魔王になってたんだ。だから決めた。あのクソったれな世界を造り変えてやろうって。誰もが平和に過ごせる世界にするために。もちろん、破壊する際に人間も何人か殺さないといけないよね? だから、容赦なく殺す事にした。罪は後で償うとしても、誰かに命を狙われようとも!!」
「それぐらいの意思を持ってたのに、なんで……なんで、思い残すことがないって言うんだよ?」
「それはね、優太に出会ったから」
「え?」
ついさっきまで、感情がなかったように言っていたレオナの顔に笑顔が戻る。
まるで幸せそう雰囲気。
辛かったことを忘れる事が出来たかのような感じだった。
「優太も出会った頃は辛そうな表情をしてたけど、笑顔で笑うようになってくれた。私はね、許婚の笑顔がもう一度見たかったんだよ。『世界を造り変える』とか偉そうなこと言っててもさ、本当は一人の女の子だったんだ。優太が楽しそうに笑ってくれるだけで、幸せになれた」
「だったらっ!」
「ううん、でも、魔王は幸せになってはいけないの。あっちの世界の人を傷つけちゃったしね。意味もなく傷つけて、命も奪ったから、償わないと。それが私としての最期の仕事。あっちに戻れたら、素直に殺されるつもりだったんだけど……まさか、グレンがこっちに来るとは思わなかったなー。あくまで保険で魔道は作ってたに過ぎないのに……」
その部分だけは予想外だったらしく、レオナが頭を下げる。
「ごめんね、二人には迷惑をかけて。唯は絶対に助けるからさ。それまでは死なない。ううん、死んでも助けるから!」
「……」
レオナの意思は強すぎて、俺はどう言えばいいのか、分からなかった。
死なせたくない。
その気持ちは間違いなく俺の中で生まれていた。なのに、そう説得させるまでの言葉が見つからないのだ。




