因縁(2)
「優太!」
今までに聞いたことがないレオナの必死の叫びに身体が勝手に反応し、その場で石化でもするかのように俺の動きが突然止まる。
その直後の事だった。
目の前にグレンが現れ、俺に向かって剣を振り下ろす。
「なっ!?」
いつの間にやって来たのか、分からない。
それぐらい一瞬の出来事だった。
同時に時間の感覚が遅くなる。
思考は、生まれてから今までの思い出が急速に再生されていく。
走馬灯。
再生されていく中で、その単語がこの現象のことだと気付いた。
『死』を目前にして、今まで出会った記憶の中から生き残る術を見つけ出そうと脳が必死で検索しているのだ。
しかし、俺はこんな危ない目には一度も合っていない。
イジメにあっていても、ここまでの状況になった事はないのだから。
急速に再生されていた思い出が終わり、目の前の状況のことしか考えられなくなる。
答えが見つからなかった俺は死ぬ覚悟をした。
スローになった世界では、死ぬ覚悟をする時間も少しだけあったから。
「――させない!」
レオナの必死の言葉と同時に俺の目の前にレオナが現れ、抱きつく形で俺を突き飛ばそうと間に割り込んできた。
グレンの剣は俺の代わりにレオナが斬りつけ、俺たちは地面に倒れこんだ。
「だ、だいじょ……ぶ、だった?」
一瞬の出来事に思考が停止している俺に、レオナは肩で息をしながら覗き込み微笑んだ。
なんで、こんな時にまで俺の心配をするのか、分からない。
それでも分かることは一つだけある。
レオナの死も見えているということ。
「ゆいなら……きぜつ、してるだけだからさ」
レオナに予想外の発言に俺は思わず怒鳴ってしまう。
「今は自分の心配しろよ!」
「だっ……て、ゆいのこ、と……やくそく……あるじゃん」
「ばっ! 約束も大事だけど、お前は自分の身を優先しないと駄目だろっ!!」
「わ、たしのも、んだい……だから、きにしない、で!」
レオナは俺の上から退こうとするものの、腕に力が入らないのか、すぐに崩れ落ちてしまう。
それでも退こうとした結果、レオナは吐血してしま、俺の服が血で染まる。
「ご、ごめん」
「そんなのいいから!」
「魔王、どうした? 人間なんか庇って……、なんでお前がそんなことをするんだ!? この世界で、なんでそんなにも優しくなってるんだよ!!」
勇者がそう喚く。
まるで、人間違いを起こしているのでもないのだろうか、と疑っているような悲しい目でレオナを見つめている。
しかし、油断をしている気配はない。
警戒しつつもごっちゃになってしまった自分の感情を必死に抑え、非情になり切ろうとしていた。
「あ、あんたこそ……ゆうしゃの、くせに……ちからにはしるなんて、らしくない……けどね」
「俺は……俺はっ! お前から世界を救うために、こうして――」
「なぁ、グレンと言ったよな? 俺はあんたのせいで勇者が信じられなくなったよ。少なくとも俺の知ってる勇者じゃないから」
「なっ!?」
俺の一言にグレンは傷付いたようだった。
「グレン! なんで、お前は敵の声に耳を貸してるんだ! お前が倒さないといけないのは、そこに倒れ伏せてる女だろ! 今が絶好のチャンスなんだし、さっさとトドメをさせてやれ!」
「そ、それはそうだが……っ!」
レオナの行動に対する答えが出ないようで戸惑い続けていた。
本来、勇者とは誰かを守るために戦っていることが多い。対して、魔王は自分勝手に世界を手に入れようとしたりする。幹部なら誰かを守るため、仕方なく魔王の手先になったりすることもあるが、魔王そのものが誰かを守るために行動するなど絶対にない。
その魔王であるレオナの予想外の行動のせいで、勇者は風間の言葉を受けても悩んでしまい、非情にはなりきれない様子だった。
「そんなことで、あっちに残った仲間が報われるのかよ。どうなったのかも分からないんだろう?」
「っ!?」
気絶した唯をお姫様抱っこしながら、その場から離れようとする風間の言葉にグレンは身体を震わせる。
「レオナ、この場から逃げることは出来るか?」
「に、げる? ゆ、ゆいは……どうするの?」
「後で助ける。そのためにはレオナの力が必要だから」
「だ、だめ。やくそくは、まもらない……とっ」
「守るために逃げるんだろ? 少なくとも唯を殺すような真似を勇者がするはずがないだろ?」
「こんなとき、だけ……、つごう、よすぎ……でも、そうだね」
レオナは俺の右側の地面に手を置くと、視界の端から鈍い赤色の光が輝くのがなんとか見えた。
何をしているかまでは分からない。
「おい、逃げるぞ!」
「っ、魔王!」
俺たちの様子に気が付いた風間が声を上げる。
勇者が剣を振り上げると同時に、
「ごめ、ん。ころされ、て……あげたいけど、またあとでね。それまで、あの……おんなのこ、よろしく」
魔王が勇者に頼み事をするという滅多にない会話を耳にしつつ、徐々に視界が歪み始めた。
目に見える映像は渦巻きしながら、色が変わっていくのが分かる。
その色と光景がはっきりしていくと、俺は見に覚えのある天井が現れ、そのまま柔らかい物の上に落ちる。
その柔らかい物はベッドである。
なぜなら、その見に覚えのある天井は自分の部屋の天井なのだから。
「いちお、つくっておいて……よかった……」
レオナは俺の上から這い下りるように身体をずらす。
急いで、身体を起こし、レオナの背中の傷を見てみる。
予想以上に酷い状態だった。
初めて出会った時よりも。
「早く、治療しないと!!」
「ま、まって……っ! なにもし、なくていい……。じぶんの、まりょくでなおす……からっ。しばらく、ねかせて。そ、そのあと、いろいろと……せ、せつめい、するか……ら……」
「いや、ちょっ!」
レオナは俺にそれだけ伝えると、気絶したかのように身体を脱力させた。
この状態を見ていると死んでしまったのではないか、と思ってしまうほどの静かさが部屋の中に満ちる。
全身に刻まれた傷からは、血が止まる気配すらないほど溢れ、布団や毛布がそれを吸収していく。
心配になって手首の脈拍を確認すると、しっかりと鼓動を刻んでおり、本当に眠っているだけだと分かり、安心することが出来た。
レオナが目覚めるまでの間、俺の出来ることは二人の心配だけ。それが、いつの間にか自虐の念に変わり、助けを求めるように寝ているレオナの手を掴み、寂しさを紛らわすことが精一杯だった。




