約束
「あの約束は単純なものさ。『唯ちゃんを泣かさないようにね。女の子だから守ってあげて』っていう約束だ」
「ふーん。だから、あの時に怒ったんだね」
「そうそう。あれ以降――って、なんで顔を赤くしてるんだよ?」
唯の方を見ると、恥ずかしそうにしている。
なんで、そんなに恥ずかしそうにしているのか、俺には分からない。
俺の問いに唯は、「なんでもないから、話を続けて!」と言うので俺は気にせずに話を続けることにした。
「あれ以降は、唯も俺に心配かけるようなことをしなかったからなー。それ以前に俺もそんな正義の味方をするような元気もなかったけど……」
「ふーん。それをイジメに対して出来てれば、問題はすぐ解決してそうだったのに……」
レオナは残念そうにそう言った。
それはそうなのかもしれない。
もう一つの約束が邪魔していたということもあったから、結局は何の行動もせずに来年になっていただろう。最悪、クラス替えのおかげで何とかなってたかもしれないので、そこまで気にしていなかったのだ。
「そういえば、風間ってさ。結局のところ、唯に告白してきたの?」
「え!?」
「あ、それは俺も気になるな」
いきなりレオナに話を振られ、顔が赤いままの唯は身体をビクッと震わせて、反応した。
「告白、されたよ? 断ったけど……」
「あ、やっぱりされたのかー」
「嫌だった?」
「あの時の会話からそんな節が見えていたから分かってたんだが……、なんで振ったん――いてっ、なんで叩くんだよ!」
いきなりレオナに頭を叩かれたため、抗議しようと睨みつける。
しかし、俺の目に入ったのはレオナの呆れた表情だった。
「ごめん。なんか勝手に手が出た」
「嘘付け!」
「あ、あはは……」
「唯が良いみたいだから、私はこれ以上、何も言わないけどね」
「何がだよ!」
「別にー」
レオナはそう言って、そっぽを向く。
これ以上、本当に介入しない様子らしい。
介入しなくても俺には分かっているけど。
唯が俺に好意を持っていることぐらいずっと前から分かっている。
しかし、告白出来ない理由があった。
付き合いが長すぎて、改めてそれを意識すると上手く話せないと思っているから言いにくいのだ。
きっと唯もそのことを分かっているからこそ、何も言ってこないのだろう。
「あ、忘れてた事があった!」
「え? 何?」
「んー?」
俺はレオナの頭に拳骨を落とす。
思わぬ行動にレオナは頭を押さえて、その場で小さく丸くなった。
「いったー、いきなり何するの!」
「お仕置きは必要だろ?」
「どういうこと!?」
「ほら、学校行く前に大人しくしとけって約束したよな?」
「そ、それはそうだけどさ。解決したんだからいいじゃん!」
「それはそれでちゃんと感謝した」
「確かに言葉でも物でもされたけど……」
「だから、さっきの拳骨は約束を破った罰ってことで。異論は認めない」
「うー!」
まるで納得がいかないような不満そうな顔で俺を見つめてくるが、無視して、俺は立ち上がる。
日は完全に落ちていないが、真っ暗という表現が近い状態になっていため、そろそろ本当に帰ろうと思ったからだ。
俺の意図を察してか、二人とも立ち上がる。
「さ、唯を送って帰るか」
「そうだねー」
「別に大丈夫だよ?」
「気にするな。俺が送りたいから送るだけだしな。つか、これぐらいしないといけないだろ? 今まで気にかけてくれたんだからさ」
「それ以上に私は助けられてるんだけどね。今日もありがとう。まさか、あんなことで私も泣くなんて思ってなかったけど」
あの時の事を思い出してか、唯は恥ずかしそうに俯く。
「ま、それだけショックだったってことでいいじゃん」
「本当だったら私がまた手を出してた可能性もあったんだし、結果的には優太のおかげで最後は色々と解決したんだしねー」
「レオナはこれから先、この世界にいる限り、暴力は絶対に禁止な」
「えー! それは無理! 誰かを助けるためなら、それも一つの手でしょ!?」
俺と唯はレオナの口から「誰かを助ける」なんて言葉が出ると思っていなかったので、驚いた顔でレオナを見つめる。
レオナは自分の言った言葉に気が付いていないらしく、俺たちの表情を見て首を傾げていた。
「お前の本当の立場は?」
「魔王だけど?」
「だよな?」
「魔王が誰を助けるんだ?」
「え? 誰をだろう? あ、あー! それで驚いてたんだ!? べ、別にいいじゃん! そういう気分になる事もあるでしょ!!」
「そういうことを言うから、お前が魔王だってことを疑いたくなるって言いたくなるんだろうがよ!」
「そんなの知らないもん! 私がしたいことをしてそうなるんだったらいいじゃん!」
「とりあえずだ! お前の暴力禁止は絶対だよ!」
「い や だ !!」
「二人とも落ち着いてよ! すごく周りの視線が痛いし、何よりも『魔王』とか連発しなで! 厨二病を患ってるみたいで、本当に嫌だから!!」
唯の言葉でハッとなる俺とレオナ。
周囲では何事か、と俺たちが見ている人がおり、一気に恥ずかしさがこみ上げてきた。
そのため、俺たちは逃げるようにして公園から出ることが精一杯だった。
この時の俺はレオナとのいつか来る別れも忘れてしまうぐらい、今の状況を楽しんでいた。
そう思ってしまうぐらい、本当の家族になっていたのだ。




