その日の帰り道
夕方。
俺たちは家に向かって帰っていた。
あれから、授業は普通通りに行われ、俺もそれに参加させられた。問題のイジメが解決したため、逃げることは許されなかったのだ。というよりも許してしまったんだから、何かあっても大丈夫と判断されてしまった。
その通り、俺のことは大丈夫だった。
しかし、クラス全体の空気は非常に居心地が悪かった。
レオナの恐怖が抜け切れていないせいなのは間違いない。
その本人は大人しく授業を受けていた。いや、大人しくしていただけで授業はちゃんと受けていない。ノートに落書きをして暇を潰していたのだから。休憩時間にはノートに描いた下手くそな絵を俺と唯に見せに来て、お世辞で褒めたら喜んでいた。
ただ、平和になったのは間違いない事実。
そのことだけはレオナに本当に感謝しないといけないと思い、何度目になるか分からないお礼を述べる。
「レオナ、本当にありがとうな」
「いいよー。っていうか、聞き飽きたー」
事もあろうか、レオナは棒読みで言い返す。
確かにしつこいぐらいにお礼の言葉を言ってきた。が、それだけ感謝しているのだから素直に受け取ってほしい。
唯も隣で苦笑している。
「まぁまぁ、優ちゃんも本当に感謝してるんだしさ」
「そうだけどさー。言葉より物で欲しい」
「それは俺に何かを奢れと言ってるのか? 普段から俺の両親の金で暮らしているというのに」
「そ、それはそうだけどさ! やっぱり、こういう時ぐらい大目に見てくれても良いんじゃない!?」
「まずは洋服代を返し――」
「分かった! その洋服代でチャラにして!」
慌てたようにレオナは俺にそう言った。
クラス会議をしていた時のキャラとは変わりようのギャップに思わず、俺は噴き出してしまう。
唯も同じようでクスクスと笑っている。
「冗談だよ。近くに美味しいクレープ屋があるから、それを買ってやるよ」
「本当に?」
「本当に」
「やった!」
子供みたいに両手を上げて、はしゃぐレオナ。
「あ、唯もな」
「え、いいの?」
「ん、今までのお礼だ」
「何もしてないんだけど……」
「いいんだよ、俺の気持ちだから」
「うん、じゃあご馳走になる」
こうして、俺たちは公園にいつも来ている移動型のクレープ屋の元へと向かうことになった。
レオナは店頭に並べられている見本のクレープを見るなり、ハイテンションになり、どれを買ってもらおうか、と真剣に悩み始める。その様はクラス会議以上の真剣さで俺は若干引いてしまうほど。
レオナが真剣に悩みに悩んで選んだものは特盛バナナデラックスというバナナが丸ごと三本ほど入った特大サイズだった。俺の選んだ普通のバナナクレープと比べると二倍以上ある品物。
見てるだけで胸焼けしそうだった。
ちなみに唯はイチゴクレープを選んだ。
三人でベンチに座り、それを食べ始める。
俺を真ん中、左右にレオナと唯という座り方になった。
「ん、久しぶりに食うと美味いなー」
「優ちゃんはあまり買い食いしないもんね」
「それ以前に引きこもってたし」
「それもそうだね」
学校の帰りの買い食いが、久しぶりのためか、かなりクレープが美味しく感じることが出来た。
「美味しいか、レオナ」
「うん、すっごく美味しい! いやー、仕事した後の甘いものは格別だね!」
「そりゃ良かった。つか、普通に手が汚いんだけど?」
目をキラキラさせているレオナはクレープを両手で持って食べているが、クリームが溢れてしまい手に付いてしまっている。
唯も両手持ちで食べているが、あまり口などを汚さないように食べている様と比べると雲泥の差だ。
「しょうがないじゃん。量が量なんだし」
「それはそうだけどさ。つかさ、気になってることがあるんだけど」
「今、無理。食べるのが忙しいから」
「じゃあ、唯に聞く」
「ん、何?」
「いったい、どうやって授業を乗っ取ったんだ?」
「あー、それね」
唯はクレープを食べ終わり、ティッシュで口を拭いてから説明し始める。
「ドアを開けて最初に阿部くんたちを教室に先に入れたの。んで、ちょうど白石先生の授業だったから、白石先生がレオナさんに何があったのか、尋ねるよね?」
「まぁ、それが教師として当たり前だよな」
「レオナさんに近づいて手を伸ばした瞬間、白石先生を背負い投げしたんだよ」
「速攻かよ!」
「ふへ?」
文句を言うべく、レオナを見るとバナナを丸ごと一本口に含んでいた。
あの時のことなど忘れているかのような間抜けな返事と様子だったため、一気に文句を言うのが馬鹿らしくなってしまう。
「続きどぞ」
「うん。それから修羅場だよね。あ、ごめん。安部くんたちの様子を見ただけで、すでに私たちはかなり動揺してたけど……。まぁ、その後は白石先生に向かって、『これから私が授業を乗っ取るから! この三人の状態を見て、だいたいのことは察しが付いてるんでしょ?』って、怖いぐらい睨みつけたんだ」
「レオナの行動そのものが問題すぎる」
「まぁまぁ。その後、レオナさんに優ちゃんに電話するように頼まれた私が電話をした。後は優ちゃんの知っての通りだよ」
「俺が到着するまでの間は?」
「レオナさんがみんなを見張ってた。余計な事をしないように」
「しょうがないでしょ? そうでもしないと逃げ出す人や助けを求める人もいるだろうしさ」
口を挟んできたレオナはあのクレープを食べ終えて、手に付いたクリームを舐め取る作業に入っていた。
そんなレオナの行動を見かねた唯がティッシュを何枚か取り、それをレオナに渡す。
レオナはそのティッシュで指を拭いて、レオナの隣にあるゴミ箱に投げ込む。
「ありがとう、唯」
「どういたしまして」
「他の先生が来なくて良かったな」
騒ぎを聞きつけた他の先生が来なかった偶然に対し、安堵のため息を吐いていると、
「え? 来たよ?」
レオナはきょとんとした表情で答えてくれた。
「来たのかよ!?」
「当たり前でしょ? 背負い投げした時に騒がしかったんだし。でも、私が『これからある問題について話し合うから邪魔しないでください。先生もその問題について知ってるんですか?』って尋ねたら、逃げていったけど」
「殺気が飛んでたと思うよ、あの時のレオナさんの表情を考えたら」
唯がこっそりと耳打ちしてきた。
魔王なので、それぐらいのことは余裕だろう。いや、白石を無理矢理納得させた時も同じように殺気が飛んでいたに違いない。
だからこそ、あの時も大人しく、レオナに司会進行を任せたのだろう。
それで納得できてしまうのだから不思議なものだ。『魔王』という単語にどれだけの力があるのか、と思い知らされてしまう。
俺がそう考えているとレオナが思い出したように「あー!」」と大きな声をだした。
「ねぇねぇ! 私も優太に聞きたい事があるんだ!」
「なんだよ?」
「優太のもう一つの約束って何?」
「あ、私もそれ、気になる!」
レオナに便乗するように唯も興味津々で俺の方を見てくる。
両方からの視線に負けて、俺は仕方なく、その約束について話すことになった。




