父親の再婚(1)
今さらですが自己紹介。
俺の名前は九条優太。明るいところに出ると、髪の毛を染めているのかと見えるほどの赤毛が混じった髪の毛をしております。そのことで一度先生にも呼び出された経験あり。高校二年ですが、現在、最先端の引きこもりとして生きている。そのため、少しだけ太りました。引きこもりの原因ももちろん現在最先端の出来事のせいです。
そのことはあまり話したくないので割愛。
引きもこりといっても完全に外出しないわけではなく、週に三回は週刊誌を読みにコンビニに出るので完全な引きこもりではない。
ちなみに今日は日曜日だというのに外出している。
理由は一件の着信だった。
今日の朝の出来事――。
夜遅くまでゲームをしていたせいで、まだ睡眠途中の俺はスマホの着信音に起こされた。普段なら、ちゃんとサイレントにしているはずなのに今日に限ってし忘れていたのが敗因だった。
眠気を我慢しつつ、その電話に出ると、
「よぉ、久しぶりだな。元気か?」
やけに嬉しそうな父さんの声。
父さんは単身赴任に出ているため、現在は一緒には住んでいない。別に父親なんていなくても大丈夫という年頃の俺にとって、現在の状況が嬉しいというのは当たり前の感想。
「朝っぱらからなに?」
寝起きのせいで不貞腐れた言い方になってしまうのは仕方ないことだった。
そのことを父さんは分かっているらしく、平然とした様子で返事が返される。
「もう十時だぞ?」
「寝不足気味なの。何か用?」
「今から出て来られるか?」
「は? そっちまで行くのに――」
「近くのファミレスにいる。優太に紹介したい人がいるんだ」
「……」
「駄目か?」
「いいよ。行くから。ちょっと待ってて。今から支度するから時間かかるかも」
「それは構わんぞ」
「うん、分かった」
父さんの不安そうな声を俺は初めて聞いた。
この時点で、父さんが再婚したいと思える人と出会えた事に気付いてしまったのだ。
母さんは俺が幼いときに病死し、それからずっと父さん一人で俺を育ててくれた。十二年ほど一人で。前から再婚したかったら、再婚しても良いと思っていたので、そのことについてとやかく言うつもりは最初からない。
もうちょっと息子を信頼してくれてもいいと思ったが、それだけバツイチの大人が連れ子と一緒に再婚するというのは大変なことなのだろう。
電話越しの父さんの様子を想像してみると、俺はその誘いを断れるはずがなかった。
こうして俺は現在、ファミレスへと向かっている最中なのである。いや、もうその場所へと着いてしまった。
場所までは聞かされていなかったが、亡くなった母さんと父さん、三人でよく来たファミレス。
父さんが指定するとしたら、この場所しか思いつかない。
「あ、やべっ……緊張してきた」
ここに来るまではそんな気持ちにならなかったが、急に心拍数が一気に上がるのが分かった。
新しく出来る母親を紹介されるのだから緊張しないはずがない。
いつまでも入り口の前で立っているわけにはいかないので、勇気を持って扉を開けて、中へと入る。
いつも通りにチャイムが鳴り、
「いらっしゃいませー」
店員の元気な声が耳に入ってくる。
「お一人様ですか?」
「あ、待ち合わせです。あ、父さん。あそこの席に行きますので……」
店員を振り切るようにして、俺は近寄ってくる父さんと合流した。
珍しくスーツ姿。
家に用事がある時は当たり前のように私服なのに、スーツ姿の父さんを見るだけで、俺も礼儀正しくしないといけないという気持ちになってしまうから不思議なものだ。
「ちゃんと礼儀正しくしろよ」
「開口一番がそれ?」
「来てくれてありがとう」
「うん」
俺は父さんの後を付いて歩く。
席は窓際の端だった。
他の客のせいで見えなかったらしいが、父さんと再婚相手以外にもう一人座っているらしく頭が見える。
それだけで相手の女性も子供が一人いることが分かり、なおさら緊張してしまった。相手に子供が居なかったら子供は自分一人だけになるので、生活の中で多少ギクシャクしたとしてもそれほど緊張しなかっただろう。しかし、相手にも子供がいるということはその子とも仲良くしないといけない。その関係を上手く作れるか、不安になってしまい、さっき以上に緊張してしまった。
俺は父さんに促されるようにその再婚相手の親子とは向かい側の席に座り、その子供を見た。
固まった。
全身がまるで生コンで固まらされたみたいに……
そして、あの一ヶ月前の衝撃的な出会いを思い出す。
「初めまして、中原レオナです。よろしくお願いします」
「……」
「おい、優太。お前も自己紹介をしろ」
「……」
「おい、ぼーっとしてどうした?」
「えあ、ああ。く、九条優太です」
「緊張してるのね、仕方ないわ」
父さんの彼女であろう女性がそうフォローしてくれた。
自分でも気付かない間に椅子に座り、いつの間にか自己紹介が始まっていたらしく、あの出来事を思い出している間に父さんの彼女である人の名前を聞き流してしまう。
いや、そんなことよりもレオナさんの方が俺には問題だった。
他人の空似と思えるほどそっくりなのだ。違うと言えるのは頭の両端に角がないという事と服がボンテージから普通の女の子が着るような服装に変わっているということぐらい。それ以外は本当にそっくりで、びっくりする以外の反応が出来なかった。
そんな風にマジマジと見ていたせいか、俺は父親に頭を叩かれる。
「そんなに見るんじゃない。レオナさんが怯えているじゃないか!」
「ごめん、ちょっと昔知り合った子に似てたからさ」
そう言われて、改めてレオナさんが恥ずかしそうにしていることに気付く。
不快な気持ちにさせてしまったか、と俺も素直に頭を下げる。
「すいません。息子が……」
「大丈夫です、お義父さん。優太さんも顔を上げてください。知り合いに似ていたのなら仕方ないです」
「ったく、これから一緒に住んでもらうのに、そんなことで大丈夫なのか?」
レオナさんがすでに父さんと認めている事にも驚いたが、父さんの言葉に俺はかなり驚き、下げていた頭を勢いよく上げた。
いったい何がどうなって、そんな展開になっているのか分からないが、三人の様子を見る限りでは俺の知らない間にそんなことになっているような口調。
それはまだ良いとしよう。
問題はレオナさんの方だ。
なぜ、そんな「私は納得してますよ」的な風に父さんと談笑しているんだ?
俺にはその部分から全く意味が分からない。
第一、異性が一緒に暮らす怖さを全く分かっていなさすぎる。
「あの、レオナさんは俺と二人っきりでも大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ? だって一年ぐらいは夫婦だけで過ごさせてあげたいじゃないですか。お互いが一人暮らしにしてもお金がいっぱいいりますから――」
「お前もレオナさんの考えを見習え。後はお前が納得するだけで全部解決するんだから」
「そういう問題じゃないだろうがよ!」
「もしかしてレオナに惚れたの?」
「え?」
父親の彼女がとんでもないことを言い出して、俺は間抜けな声が出てしまった。
なんでそうなった?
なんでそう解釈されてしまうんだ?
確かにレオナさんはキレイな人だと思うけど、そんな気持ちになるはずがないじゃないか。これから身内になる人物をなんで惚れなきゃならないんだ。
レオナさんはその発言を聞いて、さっきよりも顔を紅くして俯いてしまう。
「お前、そうだったのか?」
「ま、待て待て! 父さん、それは違う! これから家族になろうって人を好きになってどうする? つか、ないない! 絶対にないから!」
「そうなの? 残念ねー」
「何がいったい残念なんですか!?」
「私に魅力ないんですね……」
そんなやり取りをしている中、レオナさんがしょんぼりとそう呟く。いや、父さんに聞こえるようにワザと言った。
父さんはレオナさんを傷つけてしまったことに対し、怒りを覚えたようで俺に拳骨を落とした。
「いってぇぇえええ!」
「謝れ! レオナさんに土下座で謝れ!!」
「ちょ、父さん! なんでそんな変なキャラになんだよ! 俺の知っている父さんとはなんか違うぞ!」
「うるさい! 謝れ!」
父さんに俺は床へと引きずり下ろされると、無理矢理頭を床に押し付けさせられて土下座させられた。
今まで父さんはこんなことをする人ではなかった。こんな人前の前で土下座させて、俺を辱める行為をするはずなかったはずなのに。
この現実を俺は受け入れる事が出来ず、父さんにされるがまま土下座した。店員や客の視線が俺と父さんに向いている事を知りつつ――。
「だ、大丈夫です。だから顔を上げてください!」
「あ、ありがとう! 良かったな、優太!」
「……うん。ごめん、俺ちょっと手洗ってくる」
気分が悪くなった俺は立ち上がると同時にそう言って、奥にあるトイレに向かう。
俺が尊敬していた冷静沈着とまではいかないが、一人の男として俺を見てくれていた父さんは既にいないと知ると悲しい気持ちになってしまった。それどころか恋愛に現を抜かしている姿を見ていると吐き気すら感じてしまう。
この状況に耐え切れず、俺は軽く半泣きになりながらトイレに駆け込んだ。




