クラス会議(2)
クラスメートによる俺への謝罪に対する感想は、「あまり気分が良いものではなかった」だった。
一人一人が俺に対して何も出来なかったことを言いながら頭を下げるのだ。逆に俺の方が申し訳なくなってしまう。
それでも最後の一人が謝り終わり、残されたのは主犯格とされる阿部たち三人のみ。
「はい、あとは阿部くんたちだけになったね。誰から謝りたい?」
「お、俺から謝ります」
安部が俺の前までやってくる。
そして、土下座をした。
「ごめん、今まで色々としてしまって。本当に謝って許されるものじゃないとは分かってる。だけど、許してください! 都合のいいことを言ってるってのは分かってるけど、許してくれ!」
「い、いや、反省してるならいい――」
「ふざけんな! そんな謝り方で許されるのかよ!」
「九条、そんな奴、やり返してやれよ!」
俺が許そうと口を開いている最中にクラスメートたちからの野次が入る。
どうも謝罪の仕方が自分たちと同じ事に不満を持ったらしい。
「主犯格なら主犯格らしく罰を浴びろ」と言いたいようだ。
「お、落ち着けよ! 俺の問題なんだからさ!」
「お前が許しても俺たちが許せないんだよ!」
「そうだよ! イジメとして目を付けられたのが九条くんってだけで、本当なら私たちも同じような目にあってたかも――」
「うるさい!!」
一斉に飛び出す野次にレオナが吼える。
さっきまでの笑顔と違い、怒りに満ちていた。
その怒声と雰囲気にクラスが静まり、ピリピリとした空気が教室に包まれる。
「お前ら、さっきから何言ってんの? 自分に何かされたなら、自分たちで謝らせればいいでしょ? この場を利用して安部たちを攻めるな。今、攻めることが許されるのは優太だけなの。そのこと分かってんの? この共犯者共が! なんなら、安部たちみたいにボコボコにしてあげようか? その覚悟があるならかかってきなさいよ!」
「ちょっ、レオナさん! 落ち着いて!」
「唯の言う通りだぞ、落ち着け!」
「二人もうるさい!! こういう調子の良い奴らが本当に嫌なの! それとも、何か私が間違ってる!? どうせお前らの事だから、これから先は阿部たちをイジメ始めるんでしょ!? 何か言ってみなよ!!」
俺と唯の言葉を跳ね除け、レオナは全員を見渡す。
再び、全員が俯く。
レオナの考えは俺からすれば間違っていないと思う。
やられた方がやり返されるのはよくあることだから。それまで上の方にいた人間の立場が弱くなると、今までされた事を自然とやり返してしまうのは一種の自然の摂理なのかもしれない。
だからと言って、今の発言は言い過ぎなのも間違いなかった。
「レオナ、じゃあお前はどうなれば満足なんだ?」
「……みんなが仲良くすればいいだけでしょ。優太のイジメを取り上げただけだから。この場の問題は優太が好きにすれば良いよ。許したくなければ許さなかったらいいんじゃない?」
拗ねたように顔を逸らすレオナ。
まるで、俺の答えを完全に見透かしているような言い方だった。
さっきも途中まで言いかけたせいかもしれないが――。
「分かったよ。三人とも俺にしたことは許す。けど、正直トラウマみたいになってるから、三人が俺の所に来たとしても気分が悪くなったりはすると思うんだ。でもさ、俺としては仲良くしたいから、遠慮はしないで欲しい……かな。あとは、クラスのみんなも仕返しとかはしないで欲しい。ただ、自分たちにされたことは、個人的に謝ってもらうようにしてくれたらいい。うん、結局はさ……こうやって会ったのも何かの縁だから、みんなで良いクラスにしようぜ。遅いかもしれないけどさ」
「はい、優太のおかげで解決しました。三人とも何か言いたいことは?」
レオナが三人をそれぞれ見ると、三人は俺の元へ集まり、
「ごめん! 本当にごめんなさい!」
「本当にありがとう! 今までのことをなかったことには出来ないから、謝るしか出来ないがごめん!」
「ありがとう! 九条、本当にごめん! こんな俺たちを許してくれてありがとう!!」
土下座で謝った。
強制でもなんでもない自分からの謝罪。
それだけで全部が解決したように思えるから不思議だ。
「っていうか安部はさ、とりあえず病院行こう。なんか色々とやばそうな気がする」
「あ、あぁ」
行ってもいいのか、とレオナに確認を取るように見つめる。
「そうだね。右側の……大西さん連れて行ってあげて!」
「はい!」
「ごめん、大西」
「今はいいから、早く行こう?」
「あ、出て行く前にないとは思うけど言わせて。全員にも言っとくけど、私の見えない所で三人に仕返ししたら、その人は私が三人と同じ目に合わせるからね?」
「「はい!」」
俺と唯を除く全員が返事をした。
全員を見るレオナの目が全然笑っていなかったからなのかもしれない。
こうして、大西は安部を連れて教室を出て行く。
全員もホッと息を漏らした。
これでクラス会議が終わったと思ったからである。
それは俺もだった。
が、違った。
「はい、次は今まで無視してきた白石に追及したいことがあります」
「へ?」
腕を組み、今までの会議を見守っていたように演じてきていた白石が間抜けな声を出して、慌て始めた。
クラスメートの視線が、自然と白石へと集まる。
「ここまで問題にしておいて、先生だけ何もなかったっていうのはなしでしょ?」
「担任なんだから、俺たちよりもそういうの敏感じゃないとなぁ」
「だよね。知らなかったっていうなら、まだ良かったかもしれないけど……。知ってて知らないフリしてたみたいだったよね?」
「なぁ、九条。先生は知ってたのか?」
「知ってたはず。だって、休んでも何も言わなかったし……」
クラスメートの一人がそう振ってきたので、俺は素直に答える。というよりは、今の現状で知らないとは言えないと思ったからだ。
どっちみち、大人としての責任は果たさないといけない。
ここからが担任として、「どう答えるのか?」、俺たちとしては気になるところだった。
「はいはい、みんなは静かにしてねー? そういうわけで先生、どうなんですか?」
「九条が休んでたのは、サボりと思ってたか――」
「はい、アウトー! クラスがあれだけ雰囲気悪かったのに、知らないなんて言えるはずがないよね?」
「俺はこのクラスにイジメなんてないと思ってたんだ!」
白石は顔色を悪くしてさらなる言い訳を口に出す。
クラスメート全員の気持ちは一致した。
この担任は駄目だ、と。
全員の冷たい視線が一気に白石へと注ぐ。
「先生ってさ、俺たちに力で敵わないと思ってたのか、何も言わなかったよな」
「そうそう、注意しても逆らったとは思うけどさ」
「二人がそう言う資格はないと思う」
「悪い」
「ごめん」
俺の小さなツッコミに二人は申し訳なさそうに謝る。
しかし、それだけで白石の先生としての資格の無さが浮き彫りになった。
「はぁ、本当に指導力ってものがないね。こんなのでよく先生なんか出来るよ」
「せ、先生だって、一人の人間だ! 怖いものだってあるに決まってるだろ! だいたい、お前らだって俺の話は聞かないだろうがよ!!」
「逆切れすんなよ!」
「そうだそうだ! 先生だって、学生の頃は同じようなことしてたんだろ!」
「本当、最悪だよねー」
「もうちょっとしっかりしてくださーい!」
「良いから黙って!」
レオナが再び注意する。
ちょっとだけ、またイラついているようだった。
「何回も言わせないで。野次とかいらないの。聞きたいことがあるなら、ちゃんと聞くから、少しの間黙ってて」
「……」
全員が一斉に黙り込む。
レオナは教壇から降りると、白石に近づいていく。
手は握り拳が作られていた。
それだけで白石を殴りに行くんだと分かった俺は、レオナを追いかけて腕を掴んだ。
「なに?」
「やめろ、それは。今、レオナが殴ったら問題になるだろ」
「私は気にしないもん」
「良いから。校長先生に頼もう。隠蔽したら、お前がもう好きにしていいから」
「ふーん、分かった」
レオナはあっさりと俺の言う事を聞いてくれた。
俺の問題という意識はしっかりしているからこその判断なのだろう。
「白石先生、それでいいですよね?」
「ああ、好きにしろ。どうせ、このことは職員室で話題になってるだろうしな。イジメはそれでなくても大問題だ」
「はい」
白石はすでに諦めたように項垂れる。
いや、最初から処遇が分かっていたから、口を出さないようにしていたのかもしれない。そもそも、一番謎なのはどうやってレオナが授業を潰したのかということだ。
しかし、それを聞く前にレオナの口から驚くべき事が発される。
「はい、みんなにはもう一つお知らせがあります。このイジメの黒幕は別にいました」
その一言で再び、クラスがざわめき始める。




