クラス会議(1)
俺は教室へと向かっていた。
理由は唯から電話がかかってきたからである。
唯自身も焦っていたので状況はよく分からなかったが、そんな中でも分かった事が一つだけあった。
それは、レオナが授業を乗っ取ったってこと。
「くそっ、また余計な事しやがって!」
胃が痛くなりそうだった。
今さらながら、一緒に登校しなかったことを後悔してしまう。
「レオナ! お前、何を考えてんだ……よ!?」
教室に辿り着き、ドアを開ける途中で、レオナにそう浴びせる。
しかし、そこで俺は注意の言葉が出なくなってしまった。
光景が光景だったからである。
レオナは教壇の上に座り、その左側には三人が椅子に座らされていた。安部は変な風に曲がっている鼻にティッシュを詰めている。
そんな状態なのにクラスメートは葬式のように静かだった。
レオナに怯えているのだろうか?
担任の白石も後ろの席に大人しく座っていた。
普通は注意するはずの先生でさえも大人しくしている。
理解できる範疇をすでに超えていた。
「優太なら、やっぱりそう言うと思ったー。まぁ、でも、許してよ。優太の問題を解決する糸口が私にはこれしか思いつかなかったんだから。あ、ドア閉めてね。席はそこ」
教壇の右側にポツンと一つ設置された椅子を指差し、座るように俺を促す。
しかし、俺はその席には座らず、白石にこの場を諌めるように頼む事にした。
元凶である俺が頼んだら、先生も止めてくれると思ったから。
「せ、先生! 止めてくださいよ! 俺は大丈夫ですから!」
「すまない、ここは九条さんに任せることにしたんだ」
「え?」
白石はあからさまに俯く。
「白石は私を止めようとしたんだけどね、なぜか怯えちゃったんだよ。なんでだろうねー? ね、先生。私のことが怖かったの?」
「……」
「何か言ってよ。私、寂しいなー」
「は、はい」
「学級崩壊でもさせるつもりかよ!」
「そういうつもりはないんだけどね」
レオナはそう言って、俺を見つめる顔は笑っていた。
俺が今まで見た事がないぐらいの笑顔。
この状況を愉しんでいるかのような笑みを浮かべていた。
「そんなことはどうでもいいんだよ。大事な事じゃないし。大事な事をこれから話すよー。あ、こういう会議のことをなんて言うんだっけ? ねぇ、唯、教えて」
「クラス会議だね」
「そうそう、クラス会議を始めます。司会進行は私こと九条レオナ。筆記は唯、お願いしていい?」
「うん、分かった」
レオナの正体を知っている唯は、レオナの指示に素直に従っていく。
黒板へと向かい歩いていく唯は俺にウインクをして首を横に振る。まるで、「止めようとしたけど駄目だった」と唯が言っているような気がした。
俺もひとまず席に座る。
今の俺に出来る事がこの場を見守ることしかなかったからだ。
「それでは皆さんに質問です。イジメが起きていると気が付いていた人は、素直に挙手してください」
改めて出た『イジメ』という単語にクラス全体がざわめく。
しかし、挙手をする人は誰もいない。いや、挙手出来る人がいないと言った方が正確なのかもしれない。挙手をするということは阿部たちがしてきたことを認めることになるからだ。
クラス全員の視線が阿部たちに向き、様子を伺っていた。
「はいはい、三人の内の誰でもいいからさ、挙手するように促してよ。見たら分かるでしょ? なんで、みんなが挙手しないのか?」
「後から問い詰めたりしないから。素直になってくれ。もう、俺たちは諦めてるから」
代表して馬場園がそう言った。
それでも、しばらくは様子を見持っているかのように沈黙をしている。
が、それを破ったのは学級委員長の挙手。
誰も手を上げる勇気がないため、その勇気を後押しするかのように手を上げた感じだった。
それにつられる様に次第に手が上がり、最終的に全員が手を上げる。
「これで、このクラスにはイジメがあった事をみんなが知ってた事になります。その中で優太を救おうとした人はいますか?」
レオナは残酷な質問を全員に尋ねる。
俺からの視線だったがそんな人は誰もいなかった。
単純に自分がその被害を受けないようにすることが精一杯だった。
そう、傍観者に徹する事でしか自分自身を守れなかったのだから。
そのことを現すかのように全員が手を下ろし、俯く。
「やっぱり思ったとおり、みんな、何もしなかったんだね」
レオナは呆れた表情でため息を吐く。
「あ、あのね、レオナさん。私もみんなと同じだから。そんなにみんなを攻めないであげて?」
「あー、唯のことは優太から聞いてる。だから、攻めるつもりはないよ? それにこっちに来て少ししか一緒に居ないけど、唯は優太のこと心配してたでしょ」
「でも、表立って注意してたわけじゃないんだ。だから、みんなと同じだと思う」
「傍観者の立ち位置には入るだろうけど、みんなみたいに距離をワザと置いてたわけでもないでしょ?」
「うん」
「だったら、攻めないよ。その答えは優太が知ってるしね」
「え?」
レオナがいきなり話を振ってくるで、思わず間抜けな声を出してしまった。
でも、その言い分は間違っていない。
幼馴染という理由から気を使ってくれていたのかもしれなかったが、それでも俺は嬉しかったのだから。もちろん、巻き込まれないように自ら少し距離を作っていたが……。
「唯は良いとしても、みんなはどうするの?」
「ちょっと待った!」
そこで学級委員長が挙手した。
視線が一気に学級委員長へと集まる。
「九条さんはみんなをそうやって攻めて、いったいどうしたいんだい?」
「どうしたいって……言う言葉があるんじゃないの? こうなった場合は。それとも、みんなは悪いことをした時に無視していいって習ったの?」
「そういうわけじゃないけど、みんなが反省しているのはもう分かっているだろ? 怖くて何も出来なかった。助けたいと思っていても、どうしようも出来ないことだってあるじゃないか」
「分かってないなー。そうやって、みんなが何もしようと思わないから起きる事なんじゃないの? 問題は気持ち一つだけでなんとかなるものなんだよ。ほら、私がこうやって行動を起こしたから会議が起きている。それだけでも成果の一つなんじゃないの?」
そう言った後、レオナが斉藤の頭を足で軽く小突く。
「ねぇ、ここにいる全員とケンカしたらどっちが勝つの? あ、一人じゃなくて、三人対残りのクラスメートね」
「クラスメートなのは間違いないと思います。いくら、ケンカが強いって言っても、多人数には勝てないだろうし。そもそも、問題を起こされて困るのは俺たちだし……」
「はい、結論。イジメはこの場にいる全員が起こしているという事。それとも何? まだ言いたいことがある? みんなの代表の学級委員長様。早く、みんなを庇って、意見しなよ」
さすがの学級委員長も何も言えなくなり、手を下ろすと一緒に口を閉ざした。
クラスメートたちも俯くばかりだった。
レオナが言って欲しい言葉はみんなも分かっていても、なかなか言い出せないものがあるのだろう。俯き、口を噤むことで精一杯らしい。
「分かったよ。本当にヘタレばっかりだね。唯、お手本見せてあげて」
この状態が焦れったくなったレオナが唯にそう促すと、
「あ……うん。優ちゃん、ごめんなさい。言葉だけじゃ足りなかったよね。本当は行動を起こさないといけなかったのに……。昔の優ちゃんが私を助けてくれた時のように……。本当にごめんなさい!」
ちょっと戸惑いつつも頭を下げて唯が謝ってくれた。
それを境に全員が謝ろうと立ち上がり始めたので、
「はいはい、全員が一斉に謝らない! 窓際の先頭から順番に!」
手を叩いて、それを止める。
クラスメートたちはそれに素直に従い、再び座った。
この教室は完全にレオナに支配されていた。
「そ、そこまでしなくてもいいから!」
「優太は黙ってて! 優太は良いとしても、私の気が済まないの。だって、お義兄ちゃんをここまで追い詰めたんだからさ。みんなもそれなりの責任ってものを見せてもらわないとね? ちなみに三人は後で、土下座で謝って。酷い仕返しされても仕方ない事をしたんだからさ」
レオナは真顔で三人を見つめる。
三人は覚悟を決めたような顔をして頷く。
「そういうわけで、先頭さん、謝罪を始めてください」
こうしてクラスメート全員による謝罪タイムが始まった。




