イジメ
不貞寝気味の勢いで寝ていた俺を起こしたのは部屋をノックする音だった。
寝てからどのくらいの時がたったのかは分からなかったが、まだ朝を迎えていないということだけは分かるほど、目の前は暗闇に包まれている。
ボーっとしていると再びノックする音が聞こえたため、
「入っていいぞー」
欠伸交じりに返事。
ドアが開き、光と共に入ってくるのはレオナだった。
今までのように無断で入ってくる様子がないため、俺は驚いてしまったが、すぐに唯に何か注意されたのだろう、と考えて自己解決。
「どうした?」
「んー? 泣いてるのかなって思ったけど、そうでもないみたいだねー」
「つまんなそうな顔をしながら言う言葉じゃないな」
「泣いてたら、お義姉ちゃんが慰めてあげようかって思ったんだけど?」
「絶対にない。つか、姉なんて認めん。お前は俺の義妹だ。これだけは譲らん」
「そんなことはどうでもいいんだけどね」
「じゃあ、からかってくるなよ」
レオナは昨日と同じように俺の許可を取ることなく、俺のベッドに腰をかける。
そして、俺の頭に手をまわすと引き寄せて、
「身体痛むんでしょ? 動かないでね。今から治すから」
俺の唇にレオナが唇を重ねてくる。
その行為に俺は固まってしまう。
レオナの甘ったるい匂いが俺の鼻をくすぐり、なぜか自然と目を閉じてしまった。
キスをされているせいなのか、身体がポカポカと温かくなり、快感とまではいかないけれど気持ちいい気分になる。
しばらくしてレオナが顔を離し、
「んっ……、どしたの? 蕩けた顔して?」
声をかけてきたので、ゆっくりと目を開ける。
そこには悪戯っぽい笑みを浮かべているレオナの顔がそこにはあった。
その笑みをポケーっとした感じで見つめた後、今起きた出来事に対して脳が急遽フル活動し始める。さっきとは違う意味で、俺の身体は一気に熱くなり、心には羞恥心が生まれた。
「おまっ、何してんだよ! 唯がいるんだぞ!?」
「唯ならついさっき帰ったよ。唯に言われた通り、ノックして入ったから何の問題もないと思うんだけど?」
「問題はキスしたことにあると思うんだが? つか、俺のファーストキスを奪うなよ!!」
「まぁまぁ、キスの一回や二回でそう慌てるものじゃないと思うよ? でも、そのおかげで身体の痛みはなくなったでしょ?」
そう言われて、俺は試しに身体を動かしてみる。
さっきまでの動かす度に確実に走っていた痛みが嘘のように消えていた。
「あれ、本当だったのか」
「嘘だと思っての!? それ、酷くない? 意味のないキスなんて、いくらなんでもしないよ!」
「仕方ないだろ! レオナは魔王なんだから、自分勝手にやりたいことをやるって考えても不思議じゃない!」
「うっ! そ、それはそうだけどさ! なんか、気まぐれで人間にこうやって親切にすると、変な誤解を招くみたいだから損だよねー」
少しだけショックを受けたように俺から離れ、体育座りをしていじけ始める。
チラチラ、と俺を見ながら。
「悪かったよ。痛みを消してくれて、ありがとな」
「言葉だけ?」
「何がして欲しいんだよ?」
「んー、優太がしたいことでいいよ?」
「俺がしたいこと、か」
いきなり、そんなことを言われても思いつかず、腕を組んで考える。
欲しい物ならある程度あるけれど、女の子にしたいことなどあまりない。あったとしてもエッチなことしか思いつかない時点で、人間としてどうなのかと思う。
だからこそ、エッチなことは排除して考えると全然思いつかない。
つまり、俺もあの三人と同じで下種なのだろう。
「はいはい、落ち込むのは止めてね?」
「え?」
レオナに言われて、俺はハッとする。
「どうせ、エッチなことしか思いつかないんでしょ?」
「っ! も、もしかしてバレてた?」
「思春期の男だしねー。私みたいな女の子がいたら襲いたくなっても仕方ないよ。もちろん、それはさせないけどね? あ、なんとなら優太がするの見てあげようか?」
「なんで、そうなるんだよ!」
「あれ? そういうの好きじゃない?」
「そういう趣味はないっての!」
「そうなんだ。男の子なら好きだと思ってた」
ちょっと意外そうな表情を浮かべ、首を傾げるレオナ。
その変な知識をどこで手に入れてきたのか、気になったが聞こうとは思わなかった。
レオナはレオナなりに俺の事を励ましてくれていると思ったからだ。
「とりあえず話を戻そう」
「本題にも入ってないが、どこまで話を戻すんだ?」
「唯に聞いたよ。優太ってイジメ受けてるんだよね?」
「その話か」
「うん」
「つか、唯の奴、余計な事話しやがって」
俺は頭を抱えた。
どういう風に話したらいいのか、まったく分からなかったからである。
その説明が難しいから、俺はレオナが巻き添えを食らわないように庇う事が精一杯だった。
「そもそもイジメがなんで起きるか、知ってるのか?」
「『受けてる人がそう判断したらそうなる』って唯が言ってたっけ?」
「そう。俺も最初はそう思ってなかったんだよ。でも、気が付いたらそうなってたんだ。あとは逃げ出せないよな。あいつらはそれが当たり前になってるんだから。で、周りも止めなかったから、進展する以外の道がなかったって感じ」
「ふーん、唯も助けてくれなかったの?」
「痛いところを突くな」
「なんで?」
「唯も昔はイジメられてたから、その流れで自分の所に来るのが怖いんだろ。その怖さも知ってるし」
「へー、優太と同じ感じのイジメ?」
「違う。唯のイジメは相手が唯のことを好きで、それを上手く伝える事が出来ずにからかってたに過ぎないんだよ」
昔のことだけれど、あの頃の俺は勇気があったと思う。
いや、正義の味方になることが好きだったのだ。
正義の味方は独りになることはない。だからこそ、俺の近くには唯がいてくれた。ケンカしようと心配してくれる人がいたから、どうにでもなると思っていたのだ。
でも、正義の味方なんていないことをあることを境に俺は知り、その時にした約束を守っているからこそ、今こうなっているのかも知れない。
「優太も駄目だし、唯も駄目なんだ。いつまでも解決しないわけだね」
「いいんだよ」
「『友達は大切にね?』だっけ? 本当にくだらない約束したもんだよ」
「唯から聞いたのか、それ? いや、それはいい。今、なんて言った?」
レオナの一言に怒りのスイッチが入り、声を低くして尋ねた。
しかし、レオナはそれにも怯える様子がなく、さっきまでと変わらない声ではっきりと言い切る。
「くだらない。守る必要もないでしょ。あんな奴らとも――」
「ふざけんな!!」
今まで守ってきた事を馬鹿にされて、俺は我を忘れたようにレオナの髪を掴み、ベッドに叩きつける。
そして俺の方へ無理矢理、顔を向けさせるとビンタを一発繰り出すと、唇を切ったのか、レオナの口端から血が流れた。
「あっ!?」
その光景を見て、俺は一瞬で血の気が下がる。
なんてことをしてしまったんだ、とショックを受けたがそれ以上に違う事にショックを受けた。
レオナは笑っていたのだ。
手で血を拭いながら、満足そうに。
「なんで、笑ってるんだ?」
「やれば出来るじゃんって意味で。ベッドの上だし、ビンタ一発とか大したことないからさ。唇切るのは予想外だったけど」
「普通、怒るとこだろ!?」
「なんで? 私は優太を煽ったせいでこうなったんだから自業自得でしょ? 優太のお母さんとの約束を侮辱したんだから。でも、一つだけ言わせてもらうね。優太をイジメてるあいつらは友達じゃないよ。どっちかって言うと敵なんだから、しっかりしないとお母さんが悲しむよ? 死んだ人は何も言えないしね。私とは違うんだから」
レオナはなぜか悲しい表情をしていた。
目は俺を見つめているけれど俺を見ていない。俺じゃない誰かを見ているような感じだった。
「レオナ、お前は本当に魔王なのか?」
「また、それ? 魔王だよ。本当にね」
「そうか」
「うん。じゃあ、今日は私がソファーで寝るから!」
「あ、おい!」
レオナは俺の返事を聞かず、そのまま部屋を出て行く。
まるで、悲しみを引き連れて行くかのような行き方だった。
だから、俺はレオナには魔王にならないといけなかった理由があるんじゃないか、という考えが脳裏に過ぎってしまうほど。
なぜだかは分からない。
ただ、そんな気がしてしまった。




