帰り道
「今日だけで一週間ぐらいの疲れを身体に与えた気がする」
時間はすでに六時を過ぎている。
あの後、買い物を再開し、今度は唯がよく行く店などへ足を運んだ結果、色々と買うことが出来た。
もちろん、レオナの考え通りに俺でも入れるような場所を選んでくれていたが、その代わり、両手には袋の山を持たされている。これが代償だと思うと、少しだけ割に合わない気がしてしまう。
「さすがに重いよね? 少し持とうか?」
「優太なら大丈夫だよ! そもそも、女の子の買い物に付き合う男の子は荷物持ちって相場が決まってるんだからさ! そうでしょ?」
レオナにそう言われたことで、唯に少しだけ渡そうと思い伸ばしていた左手を元の位置に戻す。
その言葉はきっと間違っていないと思ったからだ。
考え方としては、古いものなのかも知れない。けれど、はっきりと言い切られてしまったため、俺は唯に渡そうと思っていた事を少しだけ恥じた上で、重いのを我慢する事にした。
「レオナさん、今は男女平等っていう時代でもあるんだし、手伝った方がいいと思うよ? お昼も奢ってもらったんだから」
唯はそう言って、俺から荷物を無理矢理一つ奪う。
レオナも唯の言葉と行動を見て、申し訳なくなったのか、一番軽そうな袋を俺から奪っていく。
あまり納得はしていない様子で。
その行動だけで俺も両手の負担が少しだけ減るので、嬉しい事には変わらない。
唯の方を向くと、ウインクをして微笑んだ。
「サンキュ」
「どういたしまして」
「私には?」
「ありがとう」
「うん!」
レオナはそう言われると少しだけ機嫌が治った気がした。
ものすごく単純だと思うのは俺だけだろうか?
「あ、あいつらが来るよ」
「あいつら?」
「学校で私に失礼な事を聞いてきた奴ら」
「あいつらが!?」
「なんで分かるの?」
「気配を感知したから」
俺は一瞬、心臓が大きく脈打つのが分かった。
それだけで、身体が緊張し始める。
レオナは機嫌がまた悪くなったのか、目つきが鋭くなり、あいつらが来る方向を睨みつけているらしい。
唯も俺と同じように動揺し、目を泳がせていた。
「ど、どうしようか?」
「なんなら、ぶっ飛ばす?」
「駄目に決まってるだろ。レオナは大人しくしとけ!」
「唯はレオナを連れて、俺から離れてろ。っていうか、唯は今日、学校をサボってるんだから、お前だけでも隠れた方が良い!」
「もう遅いよ。あと数秒で視界に入る位置に来るから」
レオナの言葉通り、その三人の姿を俺も見える範囲に入ってきた。
何を話しているのかまでは分からないが、ふざけ合っている事から、向こうはまだ俺たちの事を視認出来ていないらしい。
「とりあえず、唯だけでも隠れろ。レオナは絶対に手を出すな。俺がなんとかするから!」
「わ、分かった!」
「優太がそう言うなら、我慢する」
唯は近くの書店へ逃げ込む。
逃げ込み、姿が見えなくなったタイミングで、その三人は俺とレオナのことを認識し、からかうような声をかけてくる。
「よお、九条。学校をサボって、妹とデートか?」
「いいねー。俺もこんな可愛い妹が欲しいもんだわ」
「つかさ、その大荷物、何?」
かけてきた最初の言葉すら下種かった。
俺は声を聞くだけですっぱいものが喉まで上がってくる。
レオナに至っては俺の言いつけを守っているらしく、反応を示そうとしない。
「レオナ、先に帰っていいぞ」
「え? あ、うん。分かったー」
「ちょっと待てよ、九条さん」
即座に馬場園がレオナを引き止める。
顔は完全に嫌味に満ちた顔になっていた。
「こんな役に立たない兄貴は放っておいて、俺たちとデートしようぜ?」
「お、いいね! 俺たちがデートの楽しみを教えてやろうぜ!」
「そういうわけで九条、金貸せよ。可愛い妹のために使うんだからいいよな?」
安部の言い方はほぼ命令に近かった。
「渡さないと無理矢理にでも盗る」と言った感じ目つきで俺を睨みつけてくる。
残りの二人はレオナの容姿を見て、エッチな想像をしているようだった。むしろ、デートに誘った時点でそういうことしか考えていないのは読み取れる。
しかし、レオナは二人の言葉を無視して通り過ぎた。
三人の存在がそこにはないかのように、避けることすらせず、安部と馬場園の間を歩いていく。
三人はほんの一瞬だったが、呆気に取られた表情でレオナの姿を追いかけ、
「待てって言ってんだろ!」
一番早く立ち直った馬場園が通り過ぎるレオナの左手を咄嗟に掴もうとするが、その行動を予測していた俺が馬場園の襟を掴み、引き寄せる。
そのおかげでレオナは何事もなかったように歩いていく。
「おまっ、何してんだよ!」
「兄がいる前で義妹をナンパするなよ」
「あ? やられたいのか?」
「こんな町中でケンカして、お前たちに問題ないなら」
斉藤の一言で通り過ぎる人が、さっきから何事か、と見ている事に三人は気付いていなかったらしい。
三人はそのことにようやく気付くと、罰の悪そうな顔をしている。しかし、目は俺の行動に対して許す事が出来ないみたいで、ずっと睨みつけてきていた。
「ちょっと来い」
「嫌だって言ったら?」
「来いって言ったら、黙ってくればいいんだよ」
俺は馬場園と斉藤の二人に両端を囲まれ、安部を先頭にして、町中を歩いた。
行き着いた場所は定番の路地裏。
俺を逃がさないように壁に追い詰めた形で三人が俺に詰め寄ってくる。
「ここに連れて来られた理由は分かってるよな?」
「分かってるさ。でも、兄として義妹は守らないといけないだろ」
「だな。じゃあ、その義妹とデート出来なかった腹いせに兄である九条をボコボコにしていいってことだよ、なっ!」
その言葉と共に斉藤の拳が俺の腹部にめり込む。
痛みで俺はその場に荷物を落とし、地面に膝をついてしまう。
息もしにくくなり、鈍い痛みが続く。
「そんな一発で終わるわけがないだろっ!」
安部が俺の髪を掴むと、そのまま地面に無理矢理頭を打ち付けられる。
それからは蹴りが何度も俺を襲った。
頭を守る事が本当に精一杯で、痛いとか言っている状態ではない。早く終わればいいのに、とそう願いながら受け続けた。
どのくらい経ったか分からないが、三人の暴力が終わり、
「罰として有り金全部貰うわ」
その声と共に俺の上着のポケットから財布が抜かれたのが分かる。
「んだよ、三千とちょっとしかねえのかよ」
「ま、無いよりはマジじゃね?」
「だな。小銭も貰っとこうぜ。ジュース代にはなるだろ」
「じゃあな、九条。レオナちゃんにもよろしく言っといてくれ」
俺は三人が立ち去ったのを確認した後、壁に凭れるようにして、座り込む。
全身が悲鳴をあげているように痛い。
その状態でも近くに散らばっている荷物をなんとか掻き集めた。
不意に自分の手に上に水滴が落ちてきたため、空を見上げるが雨は降っていない。
「俺の涙か……ふっ、くぅ……くそっ……よえーな、俺……」
自覚した途端、一気に悲しみが俺を襲い始める。
自分の身さえも守れない弱さが本当に辛くてしょうがなかった。
しばらくすると自然に涙も止まり、さっきよりも気分がすっきりしたので、痛む身体を無理矢理動かし、帰宅。
帰宅すると、レオナと唯が玄関まで、わざわざやって来た。
「ただいま。二人とも無事か?」
「私たちより自分の心配しなよ。っていうか、ケンカに負けたの? 不満そうな雰囲気だけどさ」
腕に組むようにして、レオナは俺を睨みつけるように見てきた。
俺は何も言わず、靴を脱ぎ、リビングに入ろうとしたら、
「私が持つから、とりあえずお風呂入ってきなよ!」
と唯が心配そうに声をかけてくれる。
ひとまず、荷物だけ唯に渡す。
「ありがとう。でも、後でいい。身体に染みるからさ。あと、レオナ、服を早速汚してすまん。汚れてるだけみたいだから、安心してくれ」
「はいはい」
レオナは「そんなことを聞きたいんじゃない」という雰囲気を出していたが、俺は無視して自室へと向かう。
正直、これ以上、何も話す気になれなかったから。




