買い物(2)
あれから一時間経った。
唯が持ってきた買い物カゴの中には、一着も服は入っていない。
二人で楽しそうに色々と物色をしているが、買おうと思える服がないらしい。
そもそも試着までいかないのはなぜだろうか?
俺には全く分からなかった。
唯一レオナの趣味で分かったことは、黒系が好きということだけだった。黒に合うものが基本白系のものになるため、現在は白系から攻めているらしい。魔王なので、自然とそういう黒系に走ってしまうのはどうしようもないのかもしれない。
逆に唯は可愛い系を押している。
今、唯が着ている服装も可愛い系なので、そっちにも手を出してみたらいいんじゃないか、という会話を繰り広げていた。いや、単純に唯自身が着たい服を押しているのかもしれない。
今までの会話を聞いてる限り、俺がはっきり言えることは一つだけ。
暇すぎて死にそう。
俺は何度目かのため息を漏らす。
「大丈夫? 暇すぎて死にそうって顔してるけど?」
「そんなことで死ぬんだ?」
「死ぬかよ。なんで、そんなびっくりした顔をしてるんだよ!」
唯の心配の言葉を馬鹿みたいに真に受けて、レオナは驚いた表情をしている。
「そんな言葉を信じるなよ。だいたい暇な原因を作ったのは、お前だろうが! それを分かってんのかよ!」なんて言いたかったが、それは飲み込む。
「それなら良かった。暇で人間が死ぬなら、どんな感じで死ぬのか、見てみたいと思っただけだよ」
「あー、ちょっと私も見たいかも」
「悪ノリすんな。それより、まだ決まらないのか?」
「んー、悩んでる最中」
「もう適当に選べよ」
レオナは再び服に目を移しながら、軽く唸っていたので俺はそう言った。
そしたら唯がちょっと拗ねた感じになり、
「優ちゃんは女の子のこと分かってなさすぎ! 女の子にとって、洋服一つで自分の全てが決まると言ってもおかしくないぐらいなんだよ!? 家でならジャージみたいなラフな格好でも良いかもしれないけど、外に出たら戦場と同じなんだから!!」
と真剣な顔で俺に迫ってきた。
言われてみれば、平日だというのに唯はしっかりと服のバランスなどを揃えているような気がしないでもない。いや、きっとしているのだ。「着れたら、問題ないや」みたいな俺とは違い。
「ご、ごめん」
「本当に分かってる!?」
「わ、分かった! 本当に分かったから!」
「ん、ならいいよ。それでレオナさん、決まった?」
「これなんてどうかな?」
「あ、いいんじゃない!」
そして、唯も再び服の方へと視線を向けた。
レオナもどうやら試着してみようかと思える服を見つけたらしい。顔を見る限りではしぶしぶといった感じだ。
レオナは唯に連れられるように試着室へと向かう。
もちろん俺も呼ばれて……。
そのレオナに手招きされて来るように言われたのだから、仕方なかったのだ。
他人から見れば、ブラコンみたいに見えてもおかしくない。
レオナが試着室に入ると、唯はドアの前で俺を見張るように見てきた。
「いったいどうした?」
「覗かない様に見てるだけ……」
「覗くわけないだろ」
「本当に?」
「だいたい、俺がこの場所からさっさと離れたいのは知ってるだろ?」
「だよね。疑ってごめん」
「許す」
「ねぇー、唯、これってどうやって着るの?」
タイミング見計らったかのようにレオナの声。
「開けるよー」
「うん」
唯がドアを注意しながら開ける。
周りに見えないような配慮しているのは分かるが、そんな隙間から覗き込むように開けて、コソコソと会話し始めた。
さすがにその話を聞くわけにもいかないので、俺はスマホから小さく音楽を流し、耳に当てて話を聞かないようにしていると、
「えええ!?」
驚いた声が店内に響き渡る。
その声に反応するように近くにいた客や店員の視線が俺たちの方向に集まった。
声にも驚いたが、その視線にも動揺してしまう。
「ちょ、ちょっと、待ってて!」
唯は周りの視線など気にしてないように俺の腕を掴むと、無理矢理俺を下へと引っ張り、自分の顔の位置と俺の耳の位置を合わせて、
「なんで下着をしてないの!? あ、えっと――ぶ、ブラしてないの!?」
コソコソと話しかけてきた。
さすがの俺もその言葉に動揺してしまう。
「は!? そんなの俺が知ってるわけないだろ!?」
「それはそうだけど……付け忘れたか聞いたら、『なにそれ?』って言われたんだけど……」
「いやいや、その件に関して、俺は全くの無関係だよな!?」
「そ、そうだね、今は服を選んでる場合じゃ――」
「何話してるの?」
レオナがドアから隙間を作って顔を出す。
唯に言われた通りに服を着ずに待っていたらしく、胸元を今日着て来た服装で隠しているだけだった。
どうやら羞恥心というものが欠如しているようだ。
いや、違う。
魔王だからこその大胆さなのだろう。お城の姫様のように誰かに服を着させてもらっていたらからこそ、裸を見られても恥ずかしくない。そうとかし考えられなかった。
「レオナさん、ちょっとドアを閉めて、今日着て来た服を着てて」
「うん、分かったー」
レオナがドアを閉めたのを確認し、真剣な顔で尋ねてくる。
「レオナさんって何者なの?」
「知るわけないだろ」
本当は知ってます、魔王です。
「記憶喪失とかになってるのかな?」
「常識がないだけだろ」
一ヶ月ぐらいで女としての常識が身に付くはずがないよな。
「帰りたい」
「駄目」
俺一人にしたら、もっと大変な事になるから止めてくれ、マジで。
「ふーん」
唯は俺のほうを向くと、疑いの目で俺を見つめてくる。
ジト目で。
どう考えても俺の言葉を信用していない。信用する事が出来ないというような感じだった。
俺自身、さすがに無理があることは分かっている。これ以上はどんな言い訳もキツいのではないかと思う。それぐらいレオナには女としての常識がないのだから。
「お待たせー」
そんなことを考えていると、レオナが試着室から出てくる。
本人は今の状況をまるで分かっていないのん気そうな表情。
「レオナさん、服は後にして下着を見に行こうか?」
「パンツ以外に何かあるの?」
「胸につけるものがあるんだよ」
「苦しくない?」
「慣れたら、そうでもないよ? 最初はちょっとキツいかもしれないけど」
「ふーん」
俺はこの会話を聞いて諦めた。
プラに対する知識が全くない時点で、終わったと悟る。
まだ少しでも知識があればバレなかっただろう。そんな様子が微塵もなく、ブラに対して質問をしていることでアウト。外人でもブラのことは知っているため、外国人という言い訳も通じない。
俺はレオナの正体をバラすことを決めた。
「じゃあ、ランジェリーショップに行こうか?」
「分かったー」
「その前にレオナ、ちょっと良いか?」
「何?」
「唯は待っててくれ」
「うん」
何かの相談をするんだな、という目で俺を見つめてくる唯。
さすがにレオナも唯のその目に気が付いたようだ。
唯から見えないように試着室の壁に隠れて、小声でレオナに、
「もうお前の無知さが唯に怪しまれてるから、お前の正体をバラすぞ」
語気を強めて言った。
「え、ほんとに?」
「本当だ」
「何が悪かったのかな?」
「女としての知識が無さ過ぎ。そもそもブラなんて小学生の頃から学ぶ事だから、それを知らない時点でアウト」
「幻術かけ――」
試着室の壁から出ようとしたレオナの腕を掴み、引き止める。
「バカッ! そういうことじゃないんだよ。だいたい、こうやって俺を婦人服に連れ込む時点で女としての常識がないってことなんだから、そこを利用しろっての!」
「そういうのは知ってたけど、見張るためだし……」
「時と場所を弁えろよ! 周りの視線が痛すぎわ!」
「えー」
「『えー』じゃない。女の一人ぐらいは味方に付けといた方が、レオナからしてもいろいろと教えてもらえるだろ?」
「あ、そっか。そういうメリット考えたら、教えても大丈夫……かな? でも唯だけだからね? 優太の幼馴染だから信用するってことを忘れないでね?」
「はいはい」
偉そうに言うレオナだが、こういう事態を引き起こした原因がそんなことを言っても全く説得力がない。もうちょっとしっかりしていてくれれば、何の問題もなかったはずなのに……。
こうして俺は唯にレオナの正体をバラすことにした。




