「オレに力を貸してくれ」 02
翌日には、本が手元に戻ってきた。
屋外作業で、アサダが部屋からいなくなる時間、彼は返ってきた本を手に、サイドテーブル脇に座っていた。
引き出しの奥から、隠しておいたラップを出す。ラップは着いた晩に、残された夕食にかかっていたものを、今まで大切に保管したものだった。今朝出されたご飯の粒を大さじに軽く一杯、包んであった。
ハードカバーのやや丸くなった背を、注意深く探る。外からは全く変わっていない。
表紙を開いてみる。裏表紙と本体の境になる見返しの折り目に、切り離して再度貼り合わせた跡がかすかに確認できた。これも先日ゴミ箱から失敬してきたカッターナイフの折れ刃の破片をまっすぐ滑らせていく。
背の裏と、ページの折りたたんだ山との間に、少し厚くしたプラスティック樹脂が均等に塗りつけてあった。一見、ページを留めた糊を補強しているようにも見えるが、中に、お目当てのものが埋められていた。通信機付きのピアスだった。
鏡で髪を少し上げて耳を見てみる。傷跡はすっかり乾いて、耳たぶがそこだけ切れ込んでいた。奥側が丸く盛り上がっている。切り口は他の皮膚より少し赤くなっていた。新しくピアスを通すのは、まるでできそうもなかった。
傷から少しずつ上の縁を指で押さえていく。一番痛くなさそうなのはてっぺんに近いあたりだった。まずぎゅっと爪を使ってその部分を圧迫する。しびれが来てから、覚悟を決めてピアスを構え、一息に刺す。
「ってえ」自分でやっても痛いものは痛い。
しかし一発でうまく収まった。しばらくティッシュで出血を押さえる。
その間にも、ご飯粒をよく潰し、つぶが残らないように水を加えてのばし、そっと、見返しの紙を元に戻して貼り付けていった。
不細工な出来だが、当座のごまかしにはなりそうだ。
ルディーが新しく持って行った本、読んでもらえただろうか。
ようやく伝えることができたニュースに、喜んでくれるか。
「J発見かん禁シセつ東のモリ連れ出し予定すう日内」
メッセージに気づいて、施設周りにフォローを出すのを期待するしかない。
修理した本を、サイドテーブルに積んだ本の一番下に敷いた。
鏡をみて、出血がないか確認する。
これならだいじょうぶ。鈍い痛みは続いていたが、外界と自分とをつなぐ痛みかと思うと、苦にはならなかった。
後はどうやって、仕掛けるか。
『告解』の一件があってから、寝泊りをしているこの巨大な建物内で、アオキは何度かスキャンとシェイクを試みていた。
しかし、結果は惨敗。どの場所でも、少しも手ごたえはなかった。
一度だけ上手くいきかけた食堂のカウンターでも試してみたが、二度と同じようにはいかなかった。
理由は全く解らない、しかし、アオキは案外あっさり諦める。
できないものにこだわることはない、やれる所から攻めるしか。
ワタナベのようにはなりたくないが、近いところまで堕ちねばなるまい。
もし死に切れなくてこのあたりを彷徨っているならば、オレに力を貸してくれ。
彼は目をつぶって、しばし祈りをささげた。




