「すぐ来てくれませんか」 02
たとえ彼女が、教団に騙されたにせよ、根こそぎむしられていたにせよ、とにかく今、彼女は自分の信じたものの中、ここから旅立とうとしている。
今さら騙されていましたなどとは言えない、手伝えるのなら、手伝うしかあるまい。
「魂が天に昇り、全ての色は輝く。哀しみは金に、苦しみは銀に、そして……」
彼女の目から、涙が落ちていた。唇が優しい弧を描く。
短い祈祷が終わると、スギヤマが並べたロウソクに火をともし、もう3人が脇で何か意味不明な歌詞の歌を低く、歌いだした。旋律はぞっとするほど美しかった。
スギヤマが大きな数珠のようなものを取り上げ、彼女の上に大きく円を描くようにかざした。彼女の目線は確かに、その動きを追っていた。
それからスギヤマが、またアオキをみた。
「お願いします」
アオキは一歩進み出て、彼女にゆっくりと声をかけ、右手を差し出す。
「がんばりましたね、もう、魂を解き放つ時です」
彼女が手を伸ばし、その手を両手で優しく包み込んだ。
「あ、」急に彼女の豊かな思念が流れ込んできた。陶酔すらしそうな甘く暖かな流れ。
(ありがとう)
どうしたことだ、アオキは呆然としながらも、絶対の至福に包まれていた。
こんな時、こんな場所で突然力が蘇ったのだろうか?
間もなく彼女は息を引き取った。
しばらく、アオキはぼんやりしていたようだった、周りのスギヤマも他の信者も、みな、一様に押し黙って彼女の亡骸を見つめている。
「いけない、もう1つ忘れてた」
スギヤマが急に動き出した。
他の3人も「ああ」と言ってすぐに、彼に続いてその場から消えてしまった。
彼だけが、枕元にぽつんと残された。
亡骸となったからだは、小さくはかなげだった。
本当に魂が飛び立ってしまったのか、手から放した小鳥のように、ほのかなぬくもりだけ残して。
どこかでスギヤマたちが「……を用意して」「すぐには……で」何かをモタモタ支度している物音だけが遠くの世界からの音楽のごとく、耳に届いていた。
と、すぐ後ろでかすかな物音がした。




