「すぐ来てくれませんか」 01
<十月二十四日(土)告解立ち会い。思いがけない手掛かり、あの老女と彼に感謝を。安らかに>
シヴァとルディーが、調べ物に没頭している頃、アオキの部屋に突然の客が現れた。
事務局のスギヤマメガネだった。
いつもは案外落ち着いているのに、かなり慌てふためいている。
後ろからもう1人、あわててついて来ていた。いつものような警護の人間ではなくもっと小柄な感じの連れだった。
「よかった、作業に出てなかったか」免除されました、と答える間ももどかしいらしく、
「すぐ来てもらえませんか、すぐに」
薄い冊子を押しつけながら、腕を引っ張った。
「どうしました?」
「お願いがありまして……副教主様もお出かけでして、お願いできる方が他に」
彼らは建物の外に出た。
前に作業に出た施設西側ではなく、本館をぐるりと回り込み、裏に当たるやや北側の小さな白い建物に彼を導いた。
「今から、大事な宗教行事を行いたいのですが、導き手になれる方がどなたもいらっしゃらなくて」
聞くと、人が1人、今にも息をひき取りそうだと言う。
アオキも以前、病気で末期の症状の方とかが最終的な魂の拠り所として、教団内のターミナルメイト、という小さな建物で最期の時を過ごす、というのを聞いたことがあった。
今まさに息を引き取ろうとしていたのは、78になる女性だった。
何の病気かは知らないが、すっかりやせ衰え意識も朦朧としている。昨日まではそれでも、呼びかけに反応していてしばらくはだいじょうぶかと思っていたら、今日になって急に、血圧が下がってしまったのだという。
「何をお手伝いすれば、いいんですか」
「その冊子に書かれた祈祷文を、読んで差し上げてください。彼女はよく分かってますから」
スギヤマに手渡された水色の冊子を開く。
「それを読んで差し上げた後、我々が儀式を行います。その後、彼女にがんばりました、もう魂を解き放つ時です、お疲れさまでしたと声をかけてください、それで終了ですから」
「彼女が持ち直したら?」
「まあ……それはその時で」
少し、普通の人間らしさもみせてスギヤマが笑う。
内線で呼び出されたらしい、もう1人があわてて本館の方から走ってくるのが見えた。
「ああ、イドタも来た、これで人数だけは揃った」
スギヤマがほっとしたようにつぶやく。
天井の高い静謐な空間に入っていくと、真ん中の寝台に女性は寝かされていた。
彼女は、口を軽く開けてしずかに天井を見上げていた。
瞳には何も映っていないようだったが、かすかに上がり下がりする胸で、まだ命の灯がともっているのが分かった。
アオキは、スカイブルーのスモックを頭からかぶせられた。
変な形の帽子も。きっとすごく、マヌケに見えるか立派に見えるか、どちらかだな。
彼は女性の枕元に立ち、水色の冊子を盗み見ながら静かに祈祷文を読み始めた。
「この地にて、幾数多の呪縛に捕われましたアナタの魂は、今やすべての縛りから抜け得る時が参りました……」
女性の呼吸が深くなってきた。
彼は、今だけに集中する。




