「アオキさん、アナタはいい声ですね」 04
セクション長は、翌朝の朝食時、さっそくこの話をみんなの前でしてみせた。
かなり名誉なことらしい。
「私が、見込んだだけのことはありました」
セクション長の声も感激で震えている。
「朗読だけではなく、教義解釈の時にも素晴らしい視点でお話して下さいますし」
すでに自分よりも目上になったように、媚びるのも忘れない。
「これから全教団内で御活躍されることをお祈りします」
「ありがとうございます」
ちらっとジョウガシマをみると、満足げにうなずいている。
あれからずっと作業が別班で、一度もゆっくり話ができていないが、他セクションにまで行けるようになった彼の事を素直に喜んでいるようだった。
アサダも、にこにことうれしそうな表情だった。
「よかったですねえ」
しかし、相変わらず捕え所がないのは同じ。
それに、彼は薬の服用がまだ続いているのか、夜になるとスイッチが切れたようにぼおっとしており、必ずアオキよりも先に眠ってしまう。
残念なのは、屋外作業が完全に免除されてしまったことだ。
ジョウガシマと話す機会がなくなるのも辛いが、富士山のきいん、と張りつめたような外気の中で作業ができるのが、案外気に入っていたのだが。
部屋に戻る時に、ふと富士山の姿が目に入り、彼は通路で立ち止まった。
秋の色が徐々に濃くなり、今まで紫がかった山肌をみせていた富士も、たまに頂上付近に白いものが見えるようになってきていた。
彼は見つかるのか、広報につけたことが吉と出るのか凶と出るのか、見当がつかない。
それに、仮に彼を見つけられたとして、脱出はどのようにしたらいいのか。
こっそり逃げるのに成功しても、これから寒さも厳しい季節となっていく。不安材料は尽きない。
いっそこのまま、全てを捨てて身を投げ出してしまったほうがいいのか?
急に襲ってきた寒気に、ぎゅっと目をつぶり、両腕を抱えるようにして彼はしばらくの間じっと耐えていた。




