「アオキさん、アナタはいい声ですね」 03
書物の形をした睡眠導入剤だ。これでは高校入試の時と一緒だな。あの時は教科書を見て眠くなっても試験に落ちるだけだが、今回は人の命がかかっている、かも知れない。
とにかく我慢して読んだ。そして、覚えた。
3日後、またミツヨカワに呼ばれて、彼は部屋に赴いた。
「いかがでしょう?」
にこやかに、後ろ手を組んだままの彼の前で、アオキはおもむろに口を開いた。
「『軽やかに夢見つつ自分の中で、自分の環境内を行きつ戻りつする生き物は、いつも自分を超えて常に新しい形態へと流れ行き、自分を新たにするけれども、しかもなお一つの軌道の上を行くのであって、宿り、遊歩すべき場所をわきまえている。』これはかつてハイデッガーが述べた言葉であるが、私はここで、その秩序正しき自然の軌道というものについて考察する、すなわちこれは天が与え給えた彼らそれぞれの途というものが常に普遍的に存在し……」
ミツヨカワは、彼を見つめたままだったが、急にはっと目が覚めたように手をたたいた。
「お見事です、それは第四章ですね」
急に、アオキは弱気な声になった。
「すみません、まだその辺までしか読めてないんです。あとはざっとで」
「いいんです、十分ですよ」
ミツヨカワは素直に感心していた。おおげさに胸をおさえている。
「それに、声の調子が素晴らしい。感動しました」
彼はタルカワに軽く手をふった。
さっそくタルカワが畳んだ服をうやうやしく持ってやって来る。
「セクションCに所属しながら、こちらの広報部付きとして働いてください。時々広報で呼ぶことがありましたら、この上着に着替えて、指示の場所まで来ていただけますか」
「承知しました」
彼もうやうやしく、服を受け取る。
「ありがとうございます」
「一日に一度程度はお呼びするかもしれません。長い時には半日くらい、お願いするかもです。セクション長には私から話しておきます」
「よろしくお願いします」
ようやく、とっかかりが一つ、新しい仕事につけることになった。
そのためにもこの本をあと二章、読んでおかないとならない。
そこに、タルカワが新しい本を運んできた。どっさり6冊。
最初の物よりは薄いが、それでもかなりのボリュームになる。
「こちらも、お時間がある時で構いませんのでお読みください」
さらっと、ミツヨカワが言う。
「全部、差し上げます。ラインも付箋もご自由に」
最後に言うことが憎い。
「アナタのような方に、読んで貰えるならばこの本も喜ぶでしょう」
ミツヨカワの上で、額入りの教主様も頬笑みを撒き散らしていた。




