「アオキさん、アナタはいい声ですね」 01
<九月二一日(月)弟と二回目の面会。特に何もなし。
屋外作業ではJと別作業になってしまい、話がきけない。力については、相変わらずだが他にできることを考えるしかない>
それから二週間は、アオキは何も事を起こさなかった。
次の面談で、ルディーはさっそく耳の傷に気がついたようだった。が、懸命にも顔に出さなかった。それからさりげなく目配りをしてから人差指をあげた。
しかし、アオキはずっと目を伏せていた。手ももちろん、膝の上に大事に乗せていた。
それでも最後にようやく、顔をあげて伝えた。
「……信じて、待っていてくれますか?」
目に表れたものに、ルディーは気づいたようだった。姿勢を起こして、彼は答えた。
「兄さんを、ずっと信じてるから」
次回の面談まで、また二週間の別れだ。
面談の済んだ二日後のこと。急にミツヨカワから部屋に来るように呼ばれた。
おなじみの指導室ではなく、ミツヨカワの執務室だった。
どっしりとしたデスクが窓際に置かれている。左右には、立派な書棚があった。そしてもちろん、デスクの上には素晴らしい教祖様のお写真。
ミツヨカワは、右の書棚から一冊の分厚い本を出してきた。
白い表紙には、金文字が押してあった。
『清浄なる魂への途 照代川 晃 著』
この本をどうぞ、ミツヨカワは、アオキにうやうやしく本を差し出した。
「はあ」
片手を出したが、もらえないのでもう一方の手を添えたら、ようやくその上に、本を置いてくれた。
後ろ手を組んで、窓の外をみながら彼は言った。
「アオキさん、試しに23ページを開いてみていただけませんか」
「はい」
パラパラと開いたところに、ぎっしりと文字が並んでいた。
「その中の、三行目『我々人間の使命とは』から、ちょっと読んでみていただけませんか。アンダーラインが引いてある所です」
「はあ……声に出して、ですよね」
「お願いします」
えへん、と咳払いして、彼は読み始めた。
「我々人間の使命とは、何か。我々人間は単に生物の一形態でしかない。では生物の使命とは、死と呼ばれる終着点に向かい、生きることである。では生きるとは何か。それはかの生物たちの魂にとって幾多の試練を潜り抜けることに他ならない」
急に彼は「そこまで」と手を出した。まじまじとアオキを見つめている。
「アオキさん、あなたはいい声ですね。セクション長から聞いた通りだ」
「え? そうですか?」
アオキはぱたんと本を閉じた。
「読み方もいい、淡々としている中に、表情がある」どうだいタルカワくん、と秘書に向き直る。どう思う、彼の朗読は。
「すばらしいです」
タルカワも、ドアの所に立っていた狛犬どもも、素直に感心している。
「その本、差し上げますよ」どうだ、みたいな表情なので
「え、よろしいんですか?」
素直に喜んでみる。そんなアオキに、ミツヨカワは穏やかに切り出した。
「アナタに、お願いがあるのですが」




