「弟さんがいらっしゃいます」 02
ルディーは初対面の時のように、とまどったような表情を彼に向けていた。
目の前にいるのは、確かにサンライズだ。
ミッション前に細かい打合せを何度もして、一度六本木にも一緒に飲みに行って個人的な話も色々していたので、それなりに彼の事は把握していたつもりだったが、二週間目に再会した彼は、しかしまるで別人のようだった。
ルディーは、デタラメな『近況』をとつとつと話しながら、ずっと彼の様子を観察していた。
目に光がないようだし、穏やかな表情には、今一つ覇気が感じられない。
「下着は全部、最初に持ってきたのを自分で洗っているので余分には必要ありませんから」
「そうなんだ……後は、電話で聞いたけど、健康診断の結果、去年のだったけど見つかっただけ集めて事務の人に渡しておいた。鉛筆と消しゴムも持ってきたよ。ボールペンはだめなんだってね」
「赤鉛筆も入ってますか」
「うん」
ルディーが、小声で思い切って言いだそうとしたところに、サンライズがのんびりと話し始めた。
はっと目をみると、火花が散るように、そこだけ一瞬、以前の彼が戻った。厳しい目線を後ろに立っている二人の係官に向け、またぼんやりした表情に戻る。
「ここでの修行は、思っていた以上に素晴らしいです。例えばね……」
机に軽く乗せた指が、小刻みに軽く動く。モールス信号だ。
音をたてないように気を使っているらしい。
(手掛かりなし)
「兄さん、少し太ったみたいだね。表情も変わった」
教団に対して非難の色が出ないように、うれしそうに言ってみる。
「教主様のお導きのおかげで、かなり私も変わりました」(収容所)
「本当に、何もいらないの?」
「ここでは必要ありません」(チェック厳重)
後ろから声がかかる。
「アオキさん、手は机から降ろしてくださいね」
「すみません」
決められているのか、彼は手を膝に降ろしたようだった。
「そうか」ルディーも軽く指を動かした。
(次回詳細は相談)
「何もなければ、いいんだ」
ルディーは大きく息をついて立ち上がる。
「また二週間後に来ます。必ず面談希望、出してね。兄さん」
「ありがとうございます」
立ち上がって、一礼すると彼はまた、ドアの向こうに消えていった。
外に出た時、あまりの風の冷たさにルディーはぶるっと身震いした。
コートの襟を合せながら、ふり向きふり向き、施設を後にする。
余分なものは何も持ち込めないだろうとは予想していたが、まさかここまで監視が厳重だとは。持ち出しにも厳しい検査がされているらしい。
宗教施設の名を借りた、まさに収容所だ。
一番不安を覚えたのは、サンライズの様子だった。
このままどこまでもつのか。これで彼も帰れなくなったら?
オレは単身、銃を持って奇襲をかけるしか方法がないのかも知れない……コマンドーだった頃の習慣で、周りの地形をもう一度ざっとチェックしながら、彼は車に乗り込んだ。




