「弟さんがいらっしゃいます」 01
<九月八日(火)きのうは弟と面会。クソ野郎にピアスをとられた>
「アオキさん」
急に後ろから声をかけられた。ミツヨカワセンター長だった。
久々に話をする。
「お元気でお過ごしですか?」
「はい、おかげさまで」
アオキは深く頭を下げた。
「すっかり、顔色もよくなられて……」
たまに田舎に帰った孫をみるような、ほれぼれとした笑顔を浮かべながら、彼の頭からつま先まで見渡す。
「ここに来られた頃より、ずいぶん落ち着かれたのでは? 少しお顔も優しくなられて」
「いやぁ」
頭をかいたがすぐに止めるアオキ。いけない、この態度はまずいのか?
このところ、特別指導には呼ばれずに済んでいる。
三日ほど前に一度だけ夜中に連れて行かれて少し殴られたが、土下座して謝って、案外簡単に許してもらえたくらい。何について注意されたかは忘れてしまった。
オダすら、卑屈に謝る彼に向って
「反省していただければ、いいんです。私だってやりたくてやっているわけではありませんから」
などと偉そうに言っていたし。
あ、そう言えばもう一度呼ばれたかもしれない。何だか本当に記憶があいまいになってきた。
ミツヨカワは相変わらずにこにこして
「ところでアオキさん、先日出していただいた面談希望、通りましたよ」
「え、本当ですか?」
「弟さんが、明日いらっしゃいます。ちょうど二週間経ちましたしね」
そう、もう二週間経ってしまったのだ。何も進展はないまま。
「午後二時から20分間ですが、アオキさんからお渡ししたいものはありますか」
「特には……あの、女房は?」
すがるように聞いてみたが
「それが……一応弟さんだけは来られる、と」お気の毒ですが、という目をしている。
「まあ、いいんです」
アオキは寂しそうに笑った。
「弟だけでも、会ってくれるって言うんですから。私には贅沢言えませんよ」
「そうですか」
慈しみに満ちた彼の顔。ためしにスキャンの手を伸ばす。
少しだけ、何かが映った、ほんの少し。
だが、ぼんやりし過ぎている。この近辺でたまに発生する濃いガスのように、ほとんど何も形が見えない。
「ありがとうございます」
また深々と頭を下げると、彼は満足したように去っていった。




