「飲み干すんですよ。これは」 02
後ろ姿だが、少し体を左にかしげている。片ひじを脇にぴたりと押しつけたまま皿を洗っているのが、どうも不自然だった。
おかずを取るのに苦労しているフリをして、立ち止まり思念を拾い上げる。
雑音だらけだ、感度の悪いラジオのようだった。やはりここではスキャンの具合がよくないのか。その時突然
(助けて)
あまりにもはっきり飛び込んだ意識に、皿を取り落としそうになった。
(痛い、痛い助けてくれ殺されてしまうこのままではどうしたら教主様、いやアイツはペテン師……)
「あの」
後ろからの声に飛びあがる。
同じセクションの人だろうか、後ろからややとまどったように笑いかけ、前を指さした。
「す、すみません」
列が開いてしまっていたのを、あわてて前に詰めた。
食事はそれなりに和やかに始まった。
まず、セクション長と言われる信者が立ちあがり、
「今日のお言葉です。教主様は述べられました……」
で始まる一連のお祈りで、みな、両手をテーブルの上に乗せ、目を閉じて頭をたれる。
アオキも、とりあえず同じように頭を下げてみた。
次に、セクション長の指名で一人が立ち上がり、「今日の決意」を述べる。
今日の決意に当ったのは、初老の男だった。彼は立ち上がって一礼する。
「まず教主様に感謝申し上げます。そして……」
少し長いかな、と思った頃に話を終えた。
さて食えるのか、と思ったらセクション長が目の前のカップを取り上げた。
「教主さまをたたえて、乾杯をさせていただきます」
みな自分のカップを取り上げたのでアオキもあわててカップを持った。
軽いプラスティックのカップをセクション長が高く上げて
「教主様と私たちとの、魂の更なる浄化を願いまして、」と言い、みなが
「乾杯」
と唱和。ぐい、と一気にお茶を飲み干す。
アオキには初めての味だった。
ただのほうじ茶かと思っていたが、何か変わった香りのついた、炭酸の抜けたコーラのような代物だった。少しだけ甘酸っぱく、舌にぴりっときた。まあ、まずくはない。
それからようやくご飯を食べる。
私語はほとんどない。みな、ペースが速いので小声でアサダに聞くと、あと十分で食べ終わらねば、とのこと。彼も急いだ。ほうれん草のおひたしなんて丸のみ。
それにしても、とアオキは首をひねる。コイツらはどうして正確な時間が把握できているのか。どこにも時計なんてないのに。
幸いなことに、食べ終わった後は普通のごちそうさまで、残りを片づけることができた。
セルフコーナーに食器を下げに行く時に、ちらっとさっきの男がいないか、シンク周りを見渡してみた、だがすでに他の男が皿を洗っていた。




