「アサダさんは……いつからここに?」 02
隣に立っている男は、まだ同じ姿勢だった。
立ったまま眠っているのか、というくらい静かなので、
「あのぉ、」声をかけるのもためらわれる。
「アサダさん?」
予想通り、返事がない。
だめもとで聞いてみる。
「アサダさんは、いつからここに?」
「五日前から、です」
意外なことにすぐ返事があった。アオキも起き上がる。
「そうなんだ、いやぁ、あんがい最近なんだね」
アサダは一拍置いて、ゆるゆると彼の方をみた。
「そうですか……そうですね」
ここに入ってから、初めて他人と二人きりだ。
そっとスキャニングの触手を伸ばしてみる。
「もう、メシ食ったんですか?」
届いている、はずなのに何も見えてこなかった。
茫洋としたベージュのもやもやにすべてが覆われている。ときどき、ちらっと何かが見えるような気もするが、もやが深くて形を見つけ出すのは、容易ではなさそうだ。
「メシ、ですか……」アサダは、大きなあくびをした。
「夕ご飯、ならばいただきました。お、おおおおお」意識の端に黒い影が射した。
水面にふいっと現れた、沼の主のようだ。背びれだけがちらりと目に映って、そのままベージュのもやの中にまた、消えてしまった。
「おいしかったです」
「はあ」
それ以上のスキャンで体力を消耗したくなかったので、アオキはまた寝転んで天井をむいた。
スキャンができないのは、自分が疲れ過ぎているからだろうか? 環境の変化だろうか?
それとも、この場所に何か、思念を覆いかくせるような仕掛けでもあるのだろうか?
それすら、今は深く考えたくない。頭に敷いていた腕を動かす。
手枕にしいた左手首に、小さな金具が当たった。
すぐに思い出せずに触ってみて気がついた、ピアスの留め具だった。




