ダウト -2-
ショウの動きに変わったところはないようだった。今までも今も。それでも「気をつけろ」と忠告を受けて、まるで気にせずいられるほど無神経ではない。
――まあ忠告してきたのも、“ファントム”っていう胡散臭いヤツなんだけど。
ユーリは小さく肩をすくめ、錫杖を高く掲げた。
シャン、と澄んだ音がする。これがなんとも自分に似合わない清らかさで気に入っている。
『魔法:ニネミア』
風の防御壁を展開する。魔法の強化にはさほど数値を回していないため強防御でもちょっとした時間稼ぎにしかならないが、その間隙が“召還士”には必要なのだ。
『使役獣召喚:ヒドラ!』
中空が裂け、大蛇が飛び出していく。最初に選んだこの召喚獣はスピードと攻撃力のバランスの良さで選択した。だいぶ育って使い勝手には満足している。が、いずれはもっと美しい獣がほしいものだ。
「ダンテ!」
「ああ」
ダンテの魔法がオオカミの一方にとどめを刺す。全員の視線が残る一体へ集中し、ユーリもすかさず大蛇をけしかけた。あれもそこそこダメージを負っていたはずだから、うまくすれば自分が倒して能力値をちょうだいできる。ダンテがいる時はできれば譲れと言われたけれど、そんなのは知ったことか。
「――あ」
しかしここは読み誤った。蛇の顎をかいくぐったオオカミが逆に蛇を組み敷く。あれがダメージを受ければこちらの生命力が削られる。即座に消して次の動きに備えたところで、アレキサンダーが先に銃弾を撃ち込んだ。
内心で舌打ちする。先を越されてしまった。
「っしゃ、終いか?」
「みたいだね。この辺でいったん戻ろう。ダメージは……ユーリ?」
ショウに目を向けられて、ユーリはふいと横を向く。――実は先ほど、大蛇を消すのが一瞬遅れた。ダメージはほんのちょっとしたものだ。
「大したことないわ」
「それなら良かった」
「あらアルちゃん、残念そうな顔しちゃってぇ」
「っ、知るか!」
向こうの方でちらちらとこちらを窺っているから、カマをかけたら怒鳴られた。アレキサンダーはそのまま足早にセーフティエリアの方へ歩いていく。嫌われたものだ。まあ、どうせこちらも仲良くするつもりはない。
アレキサンダーはひとの顔色を窺ってばかりいるところがあって、どうも好きになれない。
「ユーリ。ひとをからかわない」
「はぁい、はいはい」
「……」
「アヤ? 行くよ」
「あ、……うん」
手招きするショウに、アヤノが何やら曖昧な返事をした。ユーリはその横顔を盗み見る。アヤノ自身はショウの背を見ていてユーリの視線に気づかないようだ。
予感がしていた。彼女は何か秘密を抱えているのではないか。それも自分と同種の。
もしかしたらショウについて、どこかでなんらかの情報を得たのではないか――?
「……アヤちゃん」
思い立って声をかけたら、華奢な全身がびくりと跳ねた。思わずこちらも肩を揺らしてしまった。
「そんな、鳩が豆鉄砲喰ったような顔しなくていいじゃない」
「ごめん」
「こっちも驚かせたのは悪かったわよ」
「平気」
「アヤちゃんて……かわいいわよねぇ」
前から思っていたが、絵に描いたような『素直な良い子』だ。しかし自分ではそれを疎ましく感じている節がある。まったくもって、『かわいらしい』。
それはともかくとして。きょとんと目を見開いたアヤノに笑いかける。
「ねぇねぇ。ちょっとお願いがあるんだけど」
「な、なに」
「買い物」
「え」
「ダメかしら」
「……なんで、わたし?」
明らかに戸惑っているのは、今までこんな風に誘ったのが初めてだからだろう。本来の目的はもちろん買い物などではない。親睦でもない。アヤノの持っている――かもしれない――ショウの情報を引き出すことだ。
だから警戒されている状態ではうまくない。ユーリはひらりと手を振って、うしろへ下がった。ひとまず『一度誘った』という実績だけ作った、ここはそれで構わない。
「いやならいいわ。ごめんねぇ」
「あ」
「ん?」
「その……別に、いやじゃない、けど」
まだためらいがちながら、アヤノははっきりとそう答えた。
意外な思いは上手に隠してユーリはにこりと目を細める。情報を得られるとしたら早いほうがいいに決まっている。
「それじゃあこの後、よろしくね」
「わかった」
その時ショウが、一瞬こちらを見返った気がした。しかし、特に咎めるような気配はないので、こちらも無視を決め込むことにした。
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