ワーニング -1-
目を閉じ、また開くと、いきなり両腕をつかまれた。
「アヤ!!」
「おまっ、びびったじゃねーか、今頃出てきやがって!!」
「無事だったか」
3人から口々に言われてぱちぱちと瞬いてから、アヤノははたと思い出した。
“ファントム”に会った。そして聞かされたのだ。
――気がついてた? 気がつかないふりをしてた?
――幻想症候群に正体不明のモンスター、
――全部、“ショウ”の身近にしか発生してないんだよ?
「アヤ?」
青い瞳がのぞき込んでくる。思わず腕をつっぱって押し戻してしまった。
「だ、だいじょうぶだから」
「本当に?」
怪訝そうにしつつショウは離れてくれた。ファントムの言葉がちらついて、まともに顔を見られない。しかも内心で焦っているところへダンテの低い声が飛ぶ。
「それで何があった。お前は先に行ったはずが、ショウよりも後からこちらへ来た」
「……え、と」
――もっとも、彼の意思にはよらない可能性が高いとは思っててさ。
――だからまだ本人には知られたくないんだ。
――ここでぼくと会ったこと、内緒にしておいてくれるよね――?
「わからない……ちょっと、ぼーっとしてたかも、しれないけど」
迷う暇もなく半分だけ嘘をついた。ショウとファントム、まだどちらを信じるのか決めきれない。
しかしどちらかというと嘘は苦手だ。きっと気配は伝わってしまったのだろう。ショウからもダンテからも、納得いかないといった気配がひしひしと伝わってきた。
「本当に? とりあえず意識に問題があったりしないね?」
「それは平気」
「何か他に言うことはないか」
「……うん」
「……。そうか」
含みのある調子でダンテが引いた。ちくちくと胸の内を噛まれながらもほっとしていたところへ、すれ違いざま、ショウがささやいた。
「アヤ、いつでも話してくれていいからね?」
一気にぐさりと刺さってきた。
心配をかけてしまっているのは誤魔化しようがない。が――やっぱり言えなかった。ショウにあのことを知らせて、何か妙なことになっては困る。
何が起こるのか、ということは、具体的にはわからないけれど。
「アヤー報酬受け取り行くぞー」
「あ。うん」
考えよう。ちゃんと考えてできるだけ早く結論を出そう。
歩き出しながらそう思った。
その背中をユーリがじっと見ていたことまでは、アヤノは気づいていなかった。
* * * * *
揃ってセーフティエリアまで戻ってきた。それからショウの合図で舳先の方へ移動する。この後は、ユーリの話を聞く約束だ。
「で? どういう風にお話するのがお好みかしら?」
「なんでも好きなように……って言いたいところだけど、まだあんまり思い出せてないんだよね?」
「まあねぇ」
ユーリは、先ほどヘルメスから受け取ったばかりの鍵をかざしてチャラチャラと音をさせた。第7ステージへ行くための鍵は、曇り空の灰色をしている。ユーリの瞳に近い色でもあった。
「でもたぶん、アヤちゃんよりはマシな感じかしら。ぜんぜん思い出せないってほどでもないわよ」
そこでいったん会話が途切れる。ショウも若干目が泳いでいて、たぶん、何をどこまで尋ねてもいいのかわからないのだと思う。ユーリの口からはまだ、本名以外のリアルの話を聞いたことがない。
「ええと。まず――」
「名前はもういいわよね。父親はサラリーマンで一人っ子の3人家族。ペットは金魚が5匹。ま、特徴らしい特徴のない平凡な家だわねぇ」
よどみのない説明にショウの方が詰まる。ユーリはそれを見て、なにやら物憂げに息を吐いた。
「どぉ?」
「思ったより詳細な記憶があるんだね」
「でしょぉ。――ここまではねぇ」
「え?」
「うちのことはわりと覚えてるんだけど、それ以外がちょっと、ねぇ?」
小首をかしげて見せるユーリは、さほど気に病んではいないように見えた。言ってみれば『別にどうでもいい』とでもいうような態度だ。
まるでしばらく前の自分のようだと、ふとアヤノは思った。
「それ以外……学校とか友達とか?」
「自分の学年くらいはわかるわよ。あとは、担任教師が男だとか」
「ずいぶん偏った記憶だね。この辺の違いってどこからくるんだろう」
ショウが片手で口を覆った。伏せられた青眼に影が落ちる。
「僕はたぶん、それほど記憶が欠けてないみたいなんだ。時々ちょっと思い出しにくくなることはあるけど。たぶんアルもそんな感じじゃないかな?」
「ん、ああ。そうだな」
「この辺、詳しく検証してみてもいいかもしれない」
同意を示したアルからユーリへ、ショウの視線が移っていった。




