オラクル Ver. ヘルメス -3-
扉に触れ、飛び込んだ先もまた船内だった。空の代わりに壁や天井が薄青く輝いていて、若干戦意を削がれるような気もする。何しろ沈静色だ。
そう思っていたところへアルが急に声を上げた。
「80って……おいここ、いきなり敵数増えねーか!?」
「大丈夫、何割かはキノコだよ。そこまで大変じゃないと思う。事前にちゃんと始末できればね」
ショウが笑いながら手を振った。だから、とその後に付け加える。
「見張りをひとり立てたいところかな。キノコを専属で狩ってく役」
「あーなるほど」
「ならば、適任は俺だ」
名乗り出たのはダンテだった。間を置かず、少し向こうに陽炎がふわりと揺れる。5人全員が一斉に身構える中で、ショウがうなずいた。
「そうだね。見つけた端からどんどん潰して。あれは動かないから、魔力消費の少ない“アンベロス”で充分だと思う」
「了解した」
「――あ」
運悪く、陽炎は2体のGに変化した。本音ではアヤノもGよりキノコの相手に回りたいところだ。が、ぐっとこらえて切っ先を上げる。
いい加減少しは見慣れてきたはず。触れなければ、斬るだけならいける、たぶん。
「それと、ユーリ!」
素早くナイフを投げたショウが声を張り上げる。
「できたらダンテのサポートを」
「不要だ!」
ところがダンテ本人が途中で遮り、アヤノ達から距離を置いて宝剣を掲げた。
『魔法:アンベロス』
アルの背後で蔓が伸び、顔を出したキノコの傘を包んだ。アヤノ達ももう動かざるをえない。カサカサと蠢く黒光りをフットワークでかわしながら、続く一言を聞いた。
「信用、できない」
「わかった――その話はあとで!」
ショウの固い声とユーリの軽い笑い。アヤノはふるりと頭を振った。今はとにかく、戦いに集中しなければ。
軽く床を蹴って真上に跳ぶ。突進してきた黒光りが足下を通り抜ける瞬間に、曲刀を真下へ突き下ろす。頭と胴の境目に深々と刺さった、そこを支点に体重移動で刃を横へ引く。
それでも倒すにはあと一押し足りない。
黒い光沢に触れないよう飛び離れると、そこへアルが駆け込んできた。銃でとどめを刺しにかかる、その間にまた陽炎。またGだ。なんでそればっかりと内心で悪態をつきつつ、アヤノは勢いをつけて壁を走った。迷宮ステージへ戻ったときに覚えた小技だ。
駆けてすれ違いながら、斬る。とんっと手で壁を押し、反動でわざと落ちながら刺しに行く。
「伏せろ!!」
刺して敵が消えたところへとっさに身を沈める。
頭上で風が渦巻いた。目をやった先で3か所同時に生えかけていたキノコが吹き散らされた。
「……っと。アヤ、もう大丈夫だよ」
「ひと段落だな」
他のメンバーが起きあがったアヤノの方へやってくる。途中ショウが指で合図をすると、アルが下ろしかけていた銃をまた上げて、赤い眼を周囲に走らせた。
「とりあえずいけそうかな? どう?」
ショウの問いかけに無言でうなずく。が、ショウの視線はそのまま脇へ逸れた。
「でも……さっきはああ言ったけど、やっぱり安全が第一だからね。もし無理そうだったら“紋章”にはこだわらない。敵が残ってても、ボスだけ倒して帰るよ。挑戦ならまたできる。……いいよね?」
「う……」
「……わかった」
「ふ、ふ」
アヤノとダンテが引きつって、ユーリがそれを見て含み笑う――
その次に来た沈黙に、アヤノはちょっと首をすくめた。途中までは決して珍しくない光景だったはずだ。けれどやっぱり前と違う。目元が険しくなるダンテと、あからさまに顔をしかめるアルと、なぜか無言で笑っているユーリ。3人の間の空気がとてもとてもよろしくない。
もちろんショウもそれを感じているのだろう。何か言いたそうなそぶりを見せて、けれどすぐに首を振った。
「行こう。できればここを抜けきるまで、余計なことは忘れてくれると嬉しいな」
「余計なこととは思わないが」
「ダンテ」
「わかっている。優先順位はつける」
息を吐きながらダンテが先に立って歩き出す。アヤノ達もすぐに続くが、ユーリは横目でそれを追い、最後にやっとついてきた。
大丈夫、なのだろうか。
こんなにも不安な攻略は初めてかもしれない。それでもここまで来てしまったからには、進む以外の道はない。
「……ユーリ」
迷ったあげくふり返って小さく呼んでみた。するとユーリは意表をつかれたように灰色の目を見開いた。しかしその先何を言うか、実は決めていなくて。
「何よ?」
「……。勝ちたい、から」
「は?」
「協力……お願い」
なんとも舌足らずなことになってしまった。アヤノはちょっとばかりヘコんで床に目を落とした。
と――
「別に……協力しないとは言ってないわよ」
ユーリが足を速め隣りに並んできた。目は合わせないながら、さっきまでより刺々しさが和らいだ気がした。なぜなのかはさっぱりだ。が、そこへすぐに敵が現れたため、尋ねたり詮索をする余裕はなくなってしまった。
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