オラクル Ver. ヘラ -2-
『そなたら。わらわの神殿に何用で参ったのじゃ』
アヤノはおそるおそる目を開けた。もうまぶしさは感じない。あたりを見渡すと、いつの間にか絨毯敷きの広間のような場所にいた。
そして部屋の中心には、まっ赤なソファにゆったりと身体を預ける女性の姿があった。自身は薄紫の丈の長いドレスを身にまとっている。結い上げられた黒髪に、キツそうな紫色のまなざし。人のカタチながら、異様なほどの迫力に圧倒される。
「第1ステージの守護神、ヘラだよ。ギリシャ神話では結婚を司る女神だ」
「何度見てもえらそーな態度してんよなー」
「主神の奥方ってポジションだしね」
ショウはぽんとアルの頭に手を置いてから、ヘラに向き直った。
「ヘラ。僕達は“オラクル”に挑む」
『ほう……試練を望む者か』
“オラクル”の発音に反応するんだ、と小声でアルが教えてくれた。そのとおりに女神は身を起こし、こちらを見据えた。
とはいえ紫色の目はどこを見ているのかはっきりせず、少し気持ちが悪かった。
『恐れを知らぬ勇士達よ。なれば、わらわの庭へ行くが良い。
今、庭は荒らされておる。
その元凶たる“獣”を除いてくるがよいぞ。
わらわの憂いを晴らすことかなえば、そなたらに報賞を授けよう』
「報賞ってのが、次のステージの“鍵”な。オレらはもう持ってっけど」
「持ってる人は何ももらえないの」
「かわりはそこそこ高額の金だ。あとは、条件さえ満たせば――」
『ではここに、扉を開こう。いつでも出立するがよい』
ぐにゃりとヘラの姿が歪んだ。まるでCGのように、見る間に小さな扉の形をとる。
色は紫。第1ステージの“鍵”についている石と同じだ。
「ここから先がオラクルエリアだよ。準備をしたら行こう。アヤノ、能力値」
「ん」
ショウに教わりながら操作を終える。全数値を“攻撃力”に。
「結局そうなるんだ……」
「まあまあ、かてーこと言うなよ」
2人の会話を聞きながら、アヤノはノブのない一枚板の扉に手を置いた。続いてアルが。そしてショウも。それと同時に扉は淡く発光を始めた。
「さあ――飛ぶよ」
ショウの表現は的確だった。意識がふわりと浮いたような感覚に続いて、紫色の光がはじけた。
ややあって、とんっと地面に足が着く。アヤノはまだ浮ついたような意識を頭を振って追い払った。
「……うわ」
そして思わず声を漏らす。周囲は通常エリアと同じ「町」には違いない。ただ、異様だった。のっぽの建物のとなりにアヤノの身長ほどの低い家があったり、壁がななめに傾いていたり。統一感のないぐちゃぐちゃの町並みだ。その上見上げた空の色は、紫色を帯びていた。
なんというか、かなり、気持ちの悪い光景だった。
「あーこの空! 『来た!』って感じすんよなー!」
はしゃいだような声を上げるアルを横目に、ショウは剣を抜いた。すぐにもモンスターが現れるのかもしれない。アヤノもショウに倣って鞘を払った。
とそこで、アルがショウを見返った。
「なーショウ! せっかくだしよ、“あれ”、狙ってみねーか?」
「……あれか」
ショウは考えるそぶりを見せた。話の見えないアヤノは眉をひそめた。
「あれ?」
「“紋章”! 各ステージのボーナスアイテムだ! オレ先のステージに進むの優先したから、まだ1個も持ってねーんだよー」
「クレスト……」
「簡単に言うと、時限式のパワーアップアイテムってところかな。条件を満たして“オラクル”をクリアすれば、“鍵”といっしょにもらえるものだよ」
「条件って、どんな」
「マップを見てみて」
言われたとおりにマップを開く。そしてアヤノはすぐに気づいた。
見取り図の右下。目立つ赤い字で『30』と表示されている。
「オラクルエリアの敵の数。第1ステージは30匹だね。それを全部倒してからクリアするのが“紋章”獲得の条件なんだ」
アヤノはここまでの道のりを思い返した。「特訓」と銘打ってアヤノが倒してきた数は6。それだけでもずいぶんと時間がかかった。その5倍の数を、今から相手しようとしていることになる。3人でとはいっても……どうなのだろう。
そんなアヤノの思案をよそに、アルもショウも気楽そうに笑い合った。
「心配すんな。オレとショウがいりゃあ楽勝だ!」
「楽勝かどうかはわからないけど……まあ……」
「お」
ふとアルがあらぬ方を見た。
その理由は、聞くまでもない。
「ははっ! 来たぜ!」
ゆらりとのぼり立つ陽炎。それはすぐ、3つに分裂する。それを見たショウが肩をすくめた。
「やれそうならやってみようか。僕もアルも、前に来たときよりレベルを上げてるわけだしね」
「おっしゃー!!」
「アヤ。ここの敵はだいたい群れになってくる。それと外のヤツより体力が少し高いから、そこは注意して」
「わかった」
アヤノがうなずいたのと同時に、ガチャリとアルの銃が鳴った。ショウも切っ先を前方へ掲げる。青い目が、鋭く敵を見据えた。
「よし。それじゃあ、始めようか?」