クラック -1-
不幸中の幸いは“それ”が飛ばないことだった。もし飛んで襲ってこようものなら、きっともっとパニックになっていそうだ。
「とりあえず、アヤとダンテはあっちを先に相手してね」
「やだぁ今度はネズミ? 船の中にいるイメージはわかるけど、やっぱり趣味は良くないわねぇ」
呆れたように言いながらユーリが黒虫に大蛇をけしかける。アヤノ達はおとなしく反対側に現れたネズミに向かう。少なくともこちらならほ乳類、カサカサ動く黒い虫よりはいくらかマシだ。
『魔法:プリミラ』
アヤノはダンテの攻撃魔法とタイミングを合わせて斬りかかっていく。中型犬ほどに大きいがそこはネズミ、素早い身のこなしで駆け回りこちらの攻撃をかわそうとする。
それでも荒野ステージで戦ったモンスターほどではないし、ダンテの魔法は広域攻撃だ。それほど怖い敵だとは思わない。
「ダンテ、行く」
「わかった」
アヤノが曲刀を上げればすぐさまダンテが詠唱する。
『魔法:アンベロス!』
蔓がネズミの尾に絡まる。縫い止めたのはほんの2秒ほど、しかしその間に、アヤノは強化した速度で襲いかかった。
胴を真横に斬る。ネズミが「キィッ」と高く鳴いて飛び下がるのを、さらに踏み込んで連撃する。
「もう1回!」
再び壁から蔓が伸びるが、今度は捉え損なった。
問題ない。逃げた先はちょうど壁際だ。浅く足を払ってから体をずらすと、その脇からダンテが宝剣を突き出した。
うまくいった。狙い通りその一撃で仕留めることができた。
「――あーくそ、動きまでよくできてやがんなあ!」
その時アルが感心したような声を上げた。
アヤノは一瞬迷ったものの、ショウ達の方へそろりと目を向ける。あまり凝視したくないが、見ないわけにもいかない。
「速さはジャッカルほどじゃないけど、動きは不規則だから!」
「見ればわかるわよぉ!」
「ショウ! もうちょい手前……そこだ!」
銃声。強力な弾が黒い虫に直撃した。
アルは壁際に膝をついてじっと構えていた。その照準の先にショウとユーリが虫を追い込む作戦だったようだ。
『使役獣召喚:ヒドラ!』
大蛇がとどめを刺しにいった。頑強な顎にくわえられたたき落とされて、虫は仰向けにひっくり返ってから、消えた。
「うわーこんなとこまでリアルだし」
「この、……虫のデザイン担当者は、虫好きか」
「それはちょっと、わからないかな……」
「逆に嫌いとか?」
「嫌いだったらこんなに細かくデザインなんてできないわよぉ」
バカねと言わんばかりのユーリに若干むっとしつつ、アヤノは落ちつかない気分で周囲を見ていた。今にも新しい敵が湧いて出そうな気がする。まだ姿も気配もないのだが。
と、そこでショウが「いいかな」と口火を切った。
「調べればすぐわかることだから先に言っておくね。このステージも敵は3種類いて、最後のひとつは固定型。第1ステージの“花”みたいな」
「植物?」
「似たようななものかな。――キノコ」
「きのこ」
「ほら、あそこにいる」
皆が指さす方を見やった。そこには、けなげに壁の割れ目から顔を出すひと抱えほどの傘があった。遠目には白っぽいが、少しばかり青みがかっているようにも思える。
「魔法属性で、胞子を飛ばしてくる。狭い空間だからけっこう厄介だよ」
「ならば正解は遠方から始末をつけてしまうことだな」
「そうだね。でも中には、普段隠れていてプレイヤーが近づくと急に顔を出すやつがいる。胞子でそんなに大きくは削られないけど、他の敵と戦ってるときに出てこられるとすごく鬱陶しいね」
「要するに“状態・毒”ってとこか!」
「そうそう、そういうこと」
アルの言にショウが笑ってうなずき、ユーリが納得の表情をした。
が、アヤノはといえばいまひとつピンとこず、首をかしげて問い返した。
「それって、何かの暗号?」
全員が黙った。その後で、アルが眉根を寄せて見上げてくる。
「それって、マジで言ってんのか?」
「VRはほとんどやったことないって前に言ってたけど……それだけじゃなくて、ゲーム全般をほとんどやったことがないのかな」
なにやら、ショウを含めた皆から物珍しげな視線を向けられた。よっぽどメジャーな言葉らしいなとぼんやり思っていると、ダンテの真剣な声音が割り込む。
「それも忘れているということではないのか。ゲーム関連とはいえ、現実に属する事柄だ」
「その可能性もなくはない、けど。実際のところはわからない」
ショウもまじめな表情になり、ダンテを見返した。
「“わからない”ままにしておいた方がいいと、僕は思ってる。下手にわかっているつもりになるよりは」
「……。そうか」
「ああそうだ。自分の話、次はアヤにしてもらおうか。その前に少し叔父からも情報をもらっておくよ。早く……思い出せるといいんだけど」
ショウが言ったその後半を、残念なことにアヤノはほとんど聞いていなかった。
それよりも、新たに立ちのぼった黒い陽炎――もしかしたらGになるかもしれないものに、完全に気を取られてしまっていた。
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