オラクル Ver. ヘラ -1-
「ところでよー。ショウはさっきのヤツ、結局なんだったと思うよ」
「どうだろう、あれは僕も初めて見たから」
「バグじゃねーだろーな。またメンテで閉め出されるとか勘弁だぜ」
「可能性はあるかもしれないね」
「まさかオラクルまっ最中に追い出されたりしねーよな?」
「いや、さすがにいきなりそんなことしないから。ちゃんと事前に告知されるよ。いつもそうだろ?」
後方ではショウとアルの会話。そして前方では、ぎゃっ、と短い悲鳴が上がった。
アヤノの目の前に黒い固まりがぼとりとが落ちる。それは人間と大差ないほどの大きなカラスだ。カラスはもがくようにして身体を起こし、再び舞い上がろうとした。
「アヤ、そこ」
ショウの指示を聞くまでもなく、アヤノは剣を横に払った。
「やっ!!」
頸を捉えた。その瞬間「やった」と思えた。直感に間違いはなかったらしく、カラスは翼を広げながら形を崩していく。するとショウの明るい声が聞こえた。
「うん。だいぶサマになってきたね」
「マシにゃなったかもなー……っと!」
ドンッ、ドンッ
アルの銃が火を噴いた。新しく登場しようとしていた黒い影が、形を取るなり地面に落ちる。容赦なくさらに数発撃ち込むと、カラスはそのまま声を上げて消えた。
「――あ!」
やばい、という顔でアルが首をすくめた。アヤノに戦闘を任せるという約束は継続中で、アルが敵を倒していいのは、新しい敵がアヤノの訓練を邪魔しそうなときだけということになっている。
というわけでショウに何か言われると思ったのだろう。アルはぎしぎしと音を立てそうな動きで首を回した。
アルと目を合わせたショウは、少し意地悪げににっこりと笑った。
「やっちゃったね」
「わ、わり」
「まあいいよ。今回は見逃してあげる。今回はね」
「……あんた達って」
もう敵の気配はなさそうだ。呼吸を整えてから剣を鞘に収め、アヤノも2人に歩み寄っていった。
そこはぽっかりと開けた広場だった。2人の背後にさっき抜けてきた町並みが見える。白い建物群は、全体がまるで白い城壁のようだ。
「僕達がなに?」
「仲、いいよね」
言うと一瞬、ショウが無表情になる。それを見たアルが両手をふり上げた。
「なんだよその顔はー!」
「……いやぁ……」
「口ごもんな!」
「ああ、そういえば。ちょっと聞こうと思ってんだ。アヤは“能力値”、まだ全然使ってないんじゃない?」
「タレンド?」
「ごまかすんじゃねーっ!!」
わめくアルの頭を、ショウは上から手で押さえつけた。
「レベルアップごとに獲得できる――ポイントみたいなもの。それを使うと、各ゲージの最大値を上げることができる。これも一応基本操作なんだけど、やっぱり知らなかったんだね」
「ゲージって体力とか、生命力とかのアレ」
「お、そんくらいは知ってたか」
少し落ち着いたらしいアルが茶々を入れてきた。
アヤノは黙ったまま、アルの頭を縦にチョップした。
「いてーっ!」
「そう。意外と重要な作業だよ。重点的に攻撃力を上げるか。防御力を高めるか。“魔法”を覚えてみるか。それによって戦い方は変わるよ。もちろん全体のバランスも整えないといけないし――」
「攻撃」
アヤノは迷わずそう答えた。
敵に与えるダメージを大きくすれば短時間で勝負をつけられる。それなら防御も魔法も必要ない。それでいいはずだ。
「って、待って待って。もしかして全部攻撃力に割り振るつもりでいる?」
あわて気味に遮ったショウを、アヤノは見返す。「当然」という無言の答えを察したようで、ショウは少し困った顔になった。
「うーん。それも考え方のひとつかもしれないけど」
「だめ?」
「生命力か防御力か、少しくらい上げとかないとすぐヤられんぜ? レベルアップ自体でも少しずつは上がってくけどよ」
アルにまでそう言われてアヤノは顔をしかめた。が、予想に反して、アルは飄々と続けた。
「けどまあ、いんじゃね? やりたきゃとことん極めてみろよ。どうせ――――だ。好きにやりゃいいさ」
アルがぺしぺしとアヤノの背をたたく。アヤノは改めてショウを見た。ショウは、少しだけ複雑そうに肩をすくめた。
「確かにそうだね。そこはアヤの自由か。しかし、よりによってアルに諭されるとは」
「どういう意味だよ?」
「ショウ。じゃあ」
「うん、あとでやり方を教えてあげる。……さて」
ショウはアヤノから視線をはずし、天を仰いだ。
正確には、目の前にそびえる白亜の神殿を。ずらりと巨大な柱が連なり、1番手前の1対には花の形のレリーフが刻まれている。その紫色が妙に印象的だった。
「ひとまず着いたね。ここが“オラクル”の入り口だ。どうする? 挑戦してみる?」
アヤノは間をおかずに大きくうなずいた。せっかくここまで来たのだから、引き返す理由はない。
「行く」
「おっしゃ! そうこねーと!」
アルまではしゃいだ声をあげた。ショウが軽く笑い、先に立って入り口の階段を上っていった。続いて中へ入ると、急にぱっと視界が白くなる。それで思わず目を覆ったアヤノの耳に、やや低めの女性の声が飛び込んできた。