バトルフィールド -3-
――そして、戦闘領域に出てから30分ほど。
「アヤ、お前、……初心者なんだなー」
そんな声が聞こえ、アヤノは頬が熱くなるのを感じた。息をつきながらふり返ると、離れたところで戦いを見ていたアルは、あくびでもしそうな顔で白壁にもたれかかっている。本当は「へたくそ」とでも言いたいところだろう。
「悪かったな……」
アヤノはやっと、2体目のモンスターを倒したところだった。場所はセーフティエリアからわずかに数十メートル離れたところだ。
「誰だって最初からうまくはやれないよ。でももう少しなんとかしないと、オラクルエリアですぐに返り討ちかもね」
苦笑しながらショウが割り込んで、アヤノの方へ歩み寄ってくる。
「まず聞くけど。アヤはもしかして“テオス”みたいな形式は初めて?」
アヤノは歯がみしながら小さくうなずいた。
やっぱり、1人でやっていれば良かった。
ショウはそんなアヤノの様子を見て、なだめるように片手を上げた。
「なるほど。じゃあまずは“見る”方がいいかもしれないな。……アル、出番だ」
「あん?」
「次に敵が出現したら倒してくれないか。すぐ倒すんじゃなく、少し遊んでから」
「えー、めんどくせーなー」
アルが口を尖らせる。と、ショウはにっこりと笑った。
「第1ステージのモンスターくらい、アルなら余裕だろ?」
ぱちくりと瞬いた後、アルは嬉しそうな顔をして頭を掻いた。
「しゃーねーな。けどオレ、剣の手本は見せらんねーぜ」
「かまわない。むしろ銃の方がわかりやすいと思う」
アルが銃を背から肩にかつぎ直した。長い銃身を軽々と片手で扱っている。見た目ほど重さはないとわかっていても、体格が小柄なだけに、逆にたくましく思えた。
「――アル。来たよ」
さっそくショウが前を指さした。
黒い陽炎。見る間に犬の形をとる。
アルの雰囲気が変わった。赤瞳が黒犬を捉えたのがわかる。と思いきや、アルは銃身のレバーを勢いよく引いて前へ走り出た。
「行くぞおぉらああぁっ!!」
雄叫びと共に火を噴いた。銃弾は犬の背をかすめ、建物の壁に跡を残す。犬は跳ねて体勢を変えた。
不意に、ショウがアヤノの肩に手を置いた。
「ここ。よく見て」
ドンッ、ドンッと発砲音が響く。犬はよけずにどちらもくらい、倒れた。すぐにむくりと起きあがる。
「次……突進してくるよ」
「!」
ショウの言ったとおり、黒犬は猛然とアルに向かっていった。アルはあわてず横にステップしてかわす。犬が大きくジャンプして、何かに噛みつく動作を見せる。
その背後からアルがまた撃ち込んだ。
「モンスターの動きにはパターンがある。それさえ覚えれば、そんなにこわくないんだよ」
黒犬が跳ねてジグザグに身体を返した。
そして、ぴたりと動きを止める。
「おらっ……しまいだ!!」
眉間への一撃。それがとどめだった。
黒犬はゆっくりと横に倒れながらさらさらと形を崩した。思えば、何度か見たのとまったく同じ動きだった。
「どうだ!」
アルがぱっとふり返った。頬が紅潮している。ショウは穏やかにうなずいた。
「完璧」
「おうっ」
「で、理屈はわかった? あとは実践を積んでいくしかないわけだけど」
言いたいことはわかったので、アヤノはもう1度うなずいた。するとショウは微笑を返してきた。
「だいじょうぶ。気長に、気楽にやろう。これは――――なんだから」
「え?」
1部分だけよく聞こえなかった。が、聞き返すほどでもないかと思い直し、アヤノは剣柄に手を触れた。
「やってみる」
「うん。その意気だ」
「んじゃー再開かー?」
アルがのんきそうに銃を背中へ戻した。
その時だった。ちょうど黒犬が消えた辺りで、またゆらゆらと陽炎が立ちのぼった。
「新手かな? ちょうどいい、今度はアヤに――」
言いかけたショウが急に真顔になった。
「ん、どうしたよ」
「様子が変だ」
ショウの視線の先を追って、アルも眉をひそめた。
「なんだありゃ?」
黒い犬か、そうでなければ大きなカラスの形をとるはずの陽炎は、ぐねぐねと流動的な動きをしながらこちらへ向かってきた。
「うわっ……気持ちわり!!」
「何あれ!」
「わからない。ともかく触らない方がよさそうだ」
ショウはうしろ向きに下がりながら2人を促した。2人もそれに従った。
が。
「おい!」
“それ”の速度が急に上がった。驚いてすくんだアヤノを目指してくる。しかも進むごとに膨張しているようだ。
「バカ、止まるなって!」
「アヤ!!」
うしろから強く腕を引かれた。アヤノはよろけながら、視界の隅にショウの厳しい表情を捉えた。
シャッと剣を抜く音。と同時に陽炎は両手を広げるように大きく伸び上がった。間近まで迫ったそれはざりざりとノイズを立てている。テレビのモザイク画面を表面に貼りつけたような流動物が、上から覆いかぶさるように――
「! ……?」
腕をつかむ手の力がゆるみ、アヤノはつぶっていた目を開く。
見上げるとモザイクの動きが止まっていた。他のモンスターと同じように端から形を崩していく。
「ダメージは与えてない、けど……とにかく助かったってところかな……」
「だな」
いつの間にかアルも銃をかまえていた。それを再び背中に戻し、ほっと息を吐く。
「しっかしなんだったんだ今の? もしかして、ウワサの“ファントム”か?」
「いや。それは違うんじゃないか」
「オレも言ってから思った。あれってまだ誰も姿見てねーんだったな」
「……ごめん」
アヤノはつぶやいた。ショウとアルが同じタイミングでこちらを向いた。
「どうして謝るの」
「だって、わたし、何もできなかった……」
また助けられてしまった。これで何度目だろう。悔しくて死にそうだった。もうこんな思いはもうしたくない。
決意と共に、アヤノはきっと顔を上げた。
「次は迷惑かけない。だから戦い方を教えて。お願い」
勢いよく頭を下げる。鼓動2つ分ほど、沈黙があって――
突然アルが爆笑を始めた。
アヤノは憮然として姿勢を戻した。するとアルが笑いの収まらないまま歩み寄ってきて、アヤノの背中をばしばしとたたいた。
「なかなかイイじゃねーかお前! そういうの好きだぜ!」
「別にあんたに好かれても嬉しくない」
「いいぜ。協力する。面倒みてやっから、早いとこ強くなれよ!」
「あんたに言われるとなんか腹立つ!」
ショウが笑いながら「まあまあ」と手を上げた。
「もちろん、僕も手伝うよ」
「……ん」
「なんでオレに対する態度と違ぇんだよ」
「大丈夫、強くなれるよ。その強い意志があれば」
「お前もスルーすんなショウ」
「なる。絶対」
強く言いきって、アヤノは自分から歩き出した。
「進もう」
「うん、行こう」
「おっしゃ」
見渡す限り白壁と白い石畳が続く町並み。ここはまだ、第1ステージのほんの始まりだ。その先の道のりはまだ果てしなく長い。
それでもあきらめたくはなかった。アヤノは前へと進みながら、わざとらしいほど鮮やかな青空をにらんだ。
第1章2節 了