オラクル Ver. アポロン -4-
「もうっ、サイアク! あんな仕掛けあるなら最初に言っておいてよね!」
迷路内を走りながらユーリが吐き捨てた。
どうやら動揺しているようだ。きつい口調が常ではあるが、その実繊細なタイプなのではないかとショウは思う。その証拠に、灰色の眼はずっと落ち着きなく泳いでいた。
アヤノも最初のうちはこんな風だったような。思い出して苦笑すると、ユーリに思いきり睨まれた。
「ごめん、説明しようと思ったところだったんだ」
「一気に難易度上げてきちゃって。不親切設計だわ」
「そうかな」
「ていうか、よりによってオラクルエリアで2人だけなんて!」
「大丈夫だよ」
ショウは駆けながら強く言いきった。これだけは言わなければならない。
「こっちは大丈夫。ここなら僕はクリアしたことあるから。そうそう負けないよ」
「……なんか、変なヒトよね、あなた」
ユーリがぽつりとつぶやいた。その響きはそれまでと違った。ショウはわずかに首を巡らせる。
「どういうところが?」
「そういうところ」
「わからないな」
「いいわよ、別に」
「ユーリ」
前方を見る。視線の先には2体のコウモリ。ショウが投げナイフを手にしたのと同時に、ユーリの錫杖がシャンッと鳴った。
『魔法:ソーク!』
風の単体攻撃。その横からナイフを放つ。風に乗り加速したナイフがコウモリの羽を裂いた。と同時に地面を、壁を蹴って一気に間合いを詰める。
斬り払う。返す刀でもう1体も。
『使役獣召喚:ヒドラ!』
体力が減ったところへ大蛇での攻撃。2体まとめて消し去って、どこか誇らしげに大蛇も姿を消した。
ふと、ショウは気がついた。今のうちに確認しなければならないことがある。
「そろそろ能力値が溜まってきたところじゃない。ヒドラのアップグレードと新しい召喚獣、どっちにするの?」
ユーリはつんとそっぽを向き、横目にこちらを見る。
「そこそこ溜まってるわ。でもどうするかなんて私の勝手でしょ」
「パーティだからね。君がどうするかで戦術も変わる」
「それくらい適当にやってよぉ。運営の関係者なんでしょ?」
「……ユーリ」
声を低める。脅すような調子にユーリが小さく息を呑んだ。
「な、なによ」
「適当になんてやれない。今はまだいいけど、先のステージでもっと厳しくなるまでにできる限りの準備をしておかないと。その計算に君も入ってる。……その召喚獣、けっこうあてにしてるんだよ?」
ユーリは黙った。それを横目にショウは足を踏み出す。
ゆっくりしてはいられない。アヤノ達が心配だ。
「あっ――ちょっと、待ちなさいよ」
あわてた様子でユーリがついてきた。
文句もそこそこに来てくれたからには、少しは信用を得られたのだろうか。……そうだといいのだが。
「早くみんなを見つけないと」
「ああもう、わかったわよ!」
シャラシャラと錫杖の輪が鳴った。そして、詠唱。
『使役獣召喚:グライアイっ』
ぴょんぴょんと目玉のおばけが追い越していった。ショウは眼を細めてそれを見送った。
* * * * *
ショウ達と別れた後、幸いにもまとまった敵に襲われることはなく、3人は順調に先へ進んでいた。
アヤノとアルが攻撃し、ダンテが援護する。コンビネーションはまずまずだ。敵2、3体程度なら余裕をもって対処することができる。
「ふー、今んとこなんとかなってんな」
「敵残数は順調に減少している。あちらもどうやら問題なさそうだ」
「いけるかな、“紋章”」
「安全が最優先なのだろう。忘れるな」
「あのなアヤ。まず“オラクル”を1度でクリアしようってのが、本当ならけっこう無茶なんだからな? ショウがいるからここまで一発だっただけなんだからな?」
意外にもアルまでそんなことを言う。しかもいつになく真剣な表情なので、アヤノは変に感心してうなずいた。
「やっぱり、本当は難しいんだ」
「オレは第2ステージでも失敗したぞ。そん時のメンバーもアレだったけどな」
「アヤノ。お前は記憶が曖昧とはいえ、情報収集もほとんどせずゲームを進めてきたようだ。……なぜ“テオス・クレイス”を始めようと思ったのだろうな」
ダンテがこちらを見た。聞かれても、と思いかけたアヤノだが、ふと脳裏をちらついたものに顔をしかめた。
それは、とてつもない不快感だった。
「……なんでかな」
「お前ってそんなんが多いなぁ」
かりかりと頭を掻きながら、アルが、なんの気もなさそうに続けた。
「ひょっとしてさー、まさかの『思い出したくない』とかじゃねーよな?」
「!」
「へ? ……え?」
表情が抜け落ちた自覚があった。戸惑ったようなアルの顔。視線だけずらすと、ダンテの眉間に深くしわが寄っていた。
「アヤ、おま――」
「アヤノ」
黒色が近づいてくる。が、動けない。体は呼吸さえ忘れたようで。
――怒られる――?
ダンテは目の前で立ち止まった。思わず首をすくめたその頭上から、声が降る。
「俺は、気晴らしのためだ」
「……え……」
「余計なことを聞いた。すまない」
律儀に頭を下げるのを、唖然としながら見守った。そんなところへ横から肩をたたかれる。
「考えてみりゃあオレもそんなもんだった。いんじゃね、忘れたいことのひとつやふたつあったって」
「永劫忘れたままでは困るがな」
だが、それはまたいずれ。
そう言われてやっと力が抜けた。座り込みたいような気分だったが、さすがにそんな場合ではない。
「おら、しゃんとしろ! 次来たぜ!」
敵の気配がちらついていた。
ぶんぶんと頭を振って、アヤノはもう一度、前を見た。
* * * * *




