バトルフィールド -2-
「会いたいって、なんで」
アヤノはわざとそっけなく言い返した。
もしショウに恨みを持っているようなら、会わせない方がいいかもしれない。そう思って身構えたものの、返った答えは予想外だった。
「なんでって? 決まってる! あいつに恩返しするためだ!」
一瞬固まって、少し考えて。
やっと口を開きかけたアヤノは、下から斜に睨み上げられた。
「なんだよその間は」
「いや、だって」
「あーひょっとして、あいつのウワサ? ほんとっちゃほんとなんだけどな。オレも第2ステージクリアしたあとに急にフレンド解除されたクチだ」
やっぱりそうなのか。
アヤノは複雑な気分になった。しかし彼はそんなことにはかまわず、早口に先を続ける。
「けどこれは知ってっか? あいつが参加したパーティは“オラクル”を必ず成功させてるって。マジで100パーらしいぜ? オレの時だって、メンバーがポカやってあやうく死にかけて、それでも全員生還させたんだ。すげーだろ?」
赤い瞳がきらきらと輝いた。それこそ『少年のような』まなざしだった。
「フレンド詐欺ってとこばっか有名だけどよ。すげーヤツなんだよ。だからオレ、もう1回あいつとやってみたいんだ!」
「……へえ」
アヤノはなぜか自分が嬉しくなり、それを認めたくなくて、わざと渋い顔をした。
「ショウだったら、この後待ち合わせしてる。別にいいよ。いっしょに来ても」
「マジか!?」
「3時間くらいで戻ってくるって言ったけど」
「それくらい待つ待つ! ちょうど休んできたとこだしな!」
ぐっとこぶしを握って2度3度と軽く跳ね、彼は満面の笑みを浮かべた。
「フレンド申請していいか? オレはアレキサンダー。“アル”でいい」
「アヤノ。名前見えてるけど」
「表示だろ? そりゃ知ってるけどよ、やっぱ自分で言いたくならね?」
わかる気はしたので、アヤノはうなずいた。アルは満足げにうなずき返してきた。
「んじゃまあ、よろしくな、アヤノ!」
手をさしだされた。アヤノもつられて手を出しかけ、途中でためらった。
しかしアルの方から強引に手を握ってきた。ぶんぶんと勢いよく上下に振られてた手には、思ったほどの不快感は残らなかった。
* * * * *
「………………」
ショウが戻ってきた。
待ち合わせのメッセージを返信した時にアルのことには触れなかったのだが、もしかしてやっぱりまずかったのだろうか――
と、そんな心配をしてしまうような様子で、ショウはアルを見ていた。
「よお、ショウ!」
「なんで君までここに」
「こいつがたまたまお前のこと話してたから、いっしょに来れば会えるかと思ったんだ!」
「会ってどうするつもりだった?」
「この前の借りを返す! それだけだ!!」
びしっとショウを指さすアル。ショウはそれを見て、片手で顔を覆ったあげく、これでもかとばかりに長いため息をついた。
「返さなくていいのに……」
「言っとくけどオレ、強くなったぜ? ぜってー役に立つぜ?」
「あ、あのさ。あんたさっき、“オラクル”は4、5人でって言ってたじゃない。だからもう1人くらいいてもいいかと思ったんだけど」
連れてきたのが自分なので、アヤノは一応フォローしてみた。ショウは指の間からアヤノに目を向けた。
ものすごく嫌そうだった。アヤノもつられて顔をしかめ、アルから1歩離れた。
「あんた……前の時に何したの」
するとアルは心外そうに腰に手を当てた。
「なんもしてねーよ!」
「じゃあどうしてこんなに迷惑がられてんの」
「いや、うん。別にそういうわけじゃないんだけどね」
ショウが遮った。もうひとつだけ小さく息を吐き、顔を上げる。何かあきらめたような雰囲気が漂っていた。
「そういうことだったら、仕方ない、のかな……」
「おーい。仕方ないってなんだよー」
「だけど僕達、これから第1ステージの“オラクル”に向かうところなんだ。アルはもうとっくにクリアしてるだろ。いいの?」
ショウは考え直させるつもりで言ったのかもしれない。が、アルはとたんに目を輝かせ、ショウに詰め寄った。
「行く行く! もちろんいっしょに行くって! いいんだな!? やった!!」
「……ああそう……」
「もう行くのか? すぐ行くのか? オレはいつでもいいぜ!」
「わたしも、いつでも」
アヤノは剣柄を軽くたたいた。アルが銃を背負い直し、じぃっとショウを見る。
見られたショウは小さくうなずき、すっと涼しい表情に戻った。
「アイテムだけ調達して、出ようか。でも先に断っておくけど、通常ルートより回り道するよ。アヤはもう少し経験を積んでから行った方がいい」
「了解だ!」
「わかった」
「ちなみにアル、君はオラクルエリアまで、敵を倒すの禁止だからね」
あまりにさりげない一言だったので、アヤノは最初聞き逃しかけた。それから思わず「え」と声を出してしまう。言われたアル本人も大きく目を見開いてから、叫んだ。
「なんでだよ!?」
「アヤに経験を積んでもらうって言ってるじゃないか。だからできるだけアヤが敵を倒せるようにする。君は最低限、身を守るためにしか戦っちゃいけません」
ショウの口元が意地悪げにつり上がった。
「いやなら、やめる?」
「――やめねーよ!」
「チ」
舌打ちと共にショウが背を向ける。アヤノは指先でアルの肩をたたいた。
「本気で、お返しされる気なさそうだけど」
アルは困惑気味の表情だったが、それでもきっぱりと言い切った。
「いっぺん決めたんだ。やるったらやる! ……けど、な。あいつのキャラって、あんなだったっけか?」
アヤノは首を振った。そんなことを聞かれても困る。
「わたしだって、今日会ったばっかりだし」
「だよなー」
「ガンバレ」
「棒読みやめろ!」
アルは大きくほほをふくらませた。思わずつつきたくなったのを我慢しながらじっと見ていると、少し離れたところからショウの声が聞こえた。
「2人とも。何してるの」
「おう、今行く!」
ぴょんぴょんと跳ねるようにアルが走っていく。なんだか犬みたいだと思いながら、アヤノも後を追った。
* * * * *