オラクル Ver. アポロン -2-
一度別れ、次に戻ってきたときも、ダンテは『離脱する』とは言わなかった。
原因不明の減少に巻き込まれないよう手を引いてもらうのか、残って手助けをしてもらうのか。決めきれず本人に託した自分は姑息だ。十中八九、ダンテは残ってくれるだろうと心の隅では思っていたのだから。ショウはそっと自嘲の笑みを浮かべた。
「……ショウ?」
「おーい。なにたそがれてんだよ」
少し先でアルが手を振っている。アヤノもじっとこちらを見ていた。
会ったばかりでは尖って危なっかしかったアヤノだが、今はだいぶ落ち着いた。助言もちゃんと聞いて生かしてくれる。時々過剰な執着や拒絶反応を見せることはあるものの、元の性格は素直なのだろう。
「ごめんごめん。考え事してた」
「それで、このまま行くのか」
神殿を見上げながらダンテが言う。ショウはそちらへ歩を進めていった。
「時間には余裕あるよね?」
「ああ」
「じゃあ行こう。ユーリ、ナビをたのむよ」
「はいはいはいはいわかったわよ」
ぞんざいな返答を、ダンテが一瞬睨みつけた。この2人は性格的に相性が悪い。まめに注意を払うべきだろう。
「だぁってぇ、私だってここのオラクルエリアは初めてなんだからぁ。案内するにも限度があるわよぉ」
「それはちゃんとわかってるから。ダンテ、君も」
「……」
そんなやりとりの間に広間へ着いた。
足を止めると同時に、男神がゆっくりふり向いた。金の巻き毛、鮮やかなオレンジの瞳。竪琴と月桂樹の冠が象徴的な男らしい美貌の持ち主だ。
『客人か。何か用があるのなら、疾く述べるがよかろうよ』
音楽神でもあるアポロンは声さえ美しい。あとは神託を授けるものとしての側面もあるのだが、“テオス”ではその設定は省かれている。
「アポロン。僕達に“オラクル”への道を開いてほしい」
『我が試練に挑むのか。
さればここに道を開こう。我が手持ちの神殿に、厄介者が棲みついた。
除いて戻ってきたならば、報賞を与えると約そうぞ』
歌うような言葉と共にポロロと竪琴がかき鳴らされて、オレンジの扉が出現した。
この先の“オラクル”経験者は自分だけ。さすがに緊張があるらしく、伺い見た4人の表情は硬い。
「みんな、大丈夫?」
問えばそれぞれにうなずくが、ユーリだけは大きく肩をすくめた。
「しらじらしいわねぇ。大丈夫じゃなくったってどうせ行くんでしょぉ?」
「……まあ、そうなるかな」
「だったら断る必要なんてないじゃなぁい。時間の無駄よぉ、いちいち聞かなくたってどんどん進んでけばいいでしょぉ?」
「そういうわけにはいかないよ」
思わず苦笑する。――これはアヤノとの約束。次の行動の前に必ず同意を得ること。それを曲げるわけにはいかない。
「なんだか知らないけど面倒ねぇ」
「うん。ごめん」
「べっつに……もういいわよぉ。この話はもう終わり」
面倒くさそうに返してきたので甘えさせてもらうことにした。
扉に触れ、飛ぶ。第4ステージのオラクルエリアへ。
「……!」
アヤノが息を呑んだ。今までのオラクルエリアとだいぶ違う様子に驚いたのかもしれない。
「迷路、大きい」
「ミノス王の迷宮を模してるらしいね。巨大な建物が丸ごと迷路になってるんだ」
橙の厚い石壁は高い天井までを隙間なく埋めていた。道幅はそこそこだが、箱に閉じこめられたような閉塞感がある。そしてこの壁が、ここでの戦闘をやりにくくする一要因だった。
『使役獣召喚:グライアイ』
ユーリが偵察の準備に入った。ところが次の瞬間、召喚獣は消えた。
目の前で陽炎が立ち、アルがぱっと飛び下がる。
「さっそく来やがった!」
「今度は早かったわねぇ」
「あ、ダンテ。せっかくだからアテナの“紋章”を使うといいんじゃないかな。一定時間、経験値の獲得率がアップするよ」
声をかけておく。ずっと“中”にいるアヤノ達と違い、ダンテはプレイ時間が限られている。稼げるときに経験値を稼いでもらう方がいい。
「“紋章”か。わかった」
「それと、このエリアは気をつけないといけないことが――」
「もう来てるわよ! 余計な話は後にしてッ!」
コウモリ2体、トカゲ1体、蜘蛛2体。いきなりのハードモードだ。
しかし。
「広域魔法のあるコウモリを先に! ダンテ、余裕があれば拘束魔法を! ユーリは援護しつつ新手を警戒! ――壁には触らないよう注意して!!」
打てば響くように反応して動くこのパーティは、不安要素を抱えつつもたのもしい。
このステージでも皆着々とレベルを挙げてきた。この程度は問題なくいけるはず。信じて、ショウも剣を抜きはなった。
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