ディスリスペクト -4-
蜘蛛は飛び損なって地面に落ちた。そこへユーリの召喚獣が襲い、アヤノもその真上に跳んだ。
落ちる勢いで、黒い胴に突き立てる。手応えを得て後方へ下がると同時に、キチキチと鳴きながら蜘蛛は消えた。
「アヤ! もう次来てんぞ!」
「!」
銃弾は空に放たれた。見上げた先に浮いていたのは新しい敵だ。
まっ黒なコウモリ。2体いる。
「それも魔法攻撃がある、注意して!」
『――魔法:カタラクティス』
水の壁が頭上を覆った。その向こうで波のような何かが見えたから、あれが魔法攻撃だろうと見当をつける。超音波が黄色っぽく色づけされたイメージだった。
さてあれはどう落とすのかと考える前に、急に足下で陽炎が湧いた。驚いて飛びずさったそばからそれはトカゲに変わった。最初のトカゲはショウが斬ったものの蜘蛛が一体残っている。これで相手は4体だ。
「あーもう鬱陶し。ここまでエンカウントしなかった分が一気にきちゃった感じねぇ」
「ショウ、いったん引いた方がよくねーか!」
「――いや」
ショウは首を振り、横目にダンテを見た。
「ここはやろう。防御、たのめるかな」
「……やるしかないのだろう」
眉根を寄せつつも――好ましい判断とは思わなかったようだ――ダンテが首肯した。ショウはうなずくなり大剣を振り上げた。
『魔法:エクリクシー!』
爆発。コウモリ2体と蜘蛛が火に巻かれた。
蜘蛛が消える。コウモリはふわふわと力なく落ちかかり、地面すれすれで小さく羽ばたく。
「アヤ、アルっ」
『使役獣召喚!』
アヤノとアルはそれぞれコウモリへの攻撃にかかる。その横から蛇が這い、トカゲにダメージを与えていった。
そしてショウも容赦なく剣を振るう。コウモリを斬り払い、返す刃でトカゲを刺した。
ほどなく、比較的あっさり敵のすべてが塵と化し、5人は揃って息を吐いた。
「いきなりハードになると焦るよなー」
「でもうまく捌いたね。みんなが腕を上げてる証拠じゃないかな」
「今の戦闘でダメージを受けた者はいないか」
回復魔法を持つダンテが見回した。ショウが小さく首を振り、アルも「や」と手を振った。ユーリがつんと横を向いたのも、まあ問題ないという意思表示だろう。
アヤノはそうっと左腕をさすった。それを目ざとくみつけたのはショウだった。
「アヤ?」
「なんでもない」
「少し食らった?」
「……。少し」
「ホントかよ。大丈夫か?」
実は途中で蜘蛛の糸に触れてしまい、思いのほか痛んだのがまだ尾を引いている。
ダンテの視線が動いた。フレンド登録をしているプレイヤー同士は、互いの生命力残量を確認することができる。
「生命力の減少はさほどではなさそうだ」
「うん。だから平気」
「それならいいけど……」
と、そこへ“グライアイ”が戻ってきた。回収しつつユーリが首を傾ける。
「ねぇねぇ、この先にまた“いる”みたいなんだけどぉ。進むの? 戻るのぉ?」
「何がいる?」
「今のとこ全部が1体ずつねぇ」
ショウは思案するように口を閉じた。
その時だった。ルートの向こうから悲鳴が聞こえた。敵が発生したという辺りに他のプレイヤーもいたらしい。
「お、なんだ?」
「様子を見てくる。ここにいて」
即座に身をひるがえし、ショウが駆けていった。すぐにその後をアルとダンテが追っていく。アヤノは続こうとしてふと立ち止まり、むすっとした顔のユーリの袖をつまんだ。
「ユーリ」
「わかってるわよ」
抵抗はなかった。いやそうな顔をしながら引かれるままついてくる。
そうして曲がり角を折れるとすぐにダンテの黒いマントが見えた。その向こうからは、聞き覚えのない怒鳴り声。
「お前ぇ! なんで勝手に倒すんだよ、経験値盗るなよな!?」
それに答えるショウの声音は、ひどくうろたえているようだった。
「そういうつもりじゃなかったんだ。ごめん」
「嘘つけ、せっかく初めて勝てそうだったのによ!」
「もういいよ。次行こうぜ」
相手の姿が見えた。ダンテの横を通り、アヤノ達の横を通り過ぎていく、戦士と術士のコンビ。どちらも怒りの表情だった。レベルはアヤノとそう変わらず、悲鳴を上げたくらいだから、戦闘技術もきっとそんなところのはず。
つまり――
考えながら歩いていくと、向こうにたたずむショウと目が合った。ショウは疲れたように力なく笑った。
「ひとを怒らせるのは、慣れてるはずだったんだけど」
「疲れてんな」
アルがその背をぽんぽんとたたいた。不得要領な顔のユーリをちらりと見て、ダンテが重く息を吐く。
「彼らは苦戦しているように見えた。だが、手助けを必要としてはいなかった」
「ん。なんとなくわかる」
「普通のプレイヤーは負けても“はじまりの扉”に戻されるだけだかんな。オレらとは違う――ってか、それが普通なんだけどな」
「つい、手が出て。参ったな」
ショウの表情が曇る。必要以上に手出しをしないスタンスだと以前に言っていたはずが、ゲームオーバーにできないアヤノ達を守っているうちに、“通常の”加減がわからなくなってしまったのかもしれない。
無理もない。相変わらず一人で背負い込みすぎだ。
「ダメだね……しっかりしないと」
「しっかりするためにもちょっと休もうぜ。……戻るぞ、いいか?」
アルが有無を言わせぬ調子で言いながらショウの腕を引っぱった。誰にも異論はなく、アヤノ達はそのままセーフティエリアへと足を向けた。
第4章2節 了




