システム -2-
戻ってくると、カーテンの隙間から差月明かりの角度がだいぶ変わっていた。
ヘッドセットをはずし頭を振ると、見計らったようにコール音が鳴った。拾い上げようとして端末を落とす。指が震えてうまく力を伝達できなかったらしい。意識を現実に戻した直後だったことと、疲労のせいだろう。
小さく舌打ちして端末を拾い直した。通話口から聞こえたのは、上司でもある叔父の声。
「どう?」
『ああ――実はな、“アヤノ”の身元がわかった』
「えっ」
『あくまで身元だけだがな。これから実際の様子を見にいくことになってる。いつ誰が行くかは、上からの指示待ちだ』
「そう。わかった」
『ま、お前はこのままお目付け役だろう。引き続きたのむ』
「……おじさん。3人目が」
『うん?』
「登録名ユリウス。戻れなくなった。これで3人目」
『そっ……』
「それに、バグ――かどうかもわからない、妙な現象が起きてる。もう無理だ、手に負えないよ」
『ショウ、待て。落ち着け』
「おじさんも落ち着いて」
互いにしばらく沈黙した。しかし、どうにか気を取り直す。
「おじさんから、本社に報告してくれないか」
『……。わかった、とりあえず上げておく』
「お願い」
『じゃあ切るぞ』
「結果の連絡くれる?」
『ああ』
「待ってる」
通話が切れ、深くため息をついた。さすがにしんどい。このところの寝不足がたたったのか今にも倒れそうだ。
少し眠っていこうと決めた。ほんの少しだけ。アヤノ達には悪いが、そうでもしないと身がもたない。
「目覚まし、かけないと」
手を伸ばして時計に触れるなり、急に目の前が暗くなった。
――すぐ……戻るから……
寸前で無意識につぶやいた。その直後、コトリと意識が闇に落ちた。
* * * * *
ユーリはひとり離れ、ぶすっとした顔でたたずんでいた。人当たりの良さそうだったさっきまでが嘘のようだ。たぶん、こっちが素なのだろうが。
空気が重い。ユーリが帰れなくなったことも、オラクルでの裏切りも、同じようにショッキングだった。アルもダンテも口をきかない。だからアヤノも黙っていたが、そろそろ、飽きてきた。
「ユーリ」
白装束に歩み寄ってみる。しかしユーリも気が立っているようで、まずは思いきり睨まれた。
「何よ」
「大丈夫?」
「別に平気よ。なんなの、泣くとでも思った?」
「なら、良かった。……でも」
まだショウが戻ってくる気配はないので、ユーリの現実世界での話を聞いてみることにした。ショウはアヤノにもアルにも繰り返し尋ねてきたから、対処の一環なのではないかと思う。
それと、個人的にもユーリのことが気になる。
「でも? なに?」
「どうして怒ったの。もしかして……人といっしょにやるの、キライ?」
細い眉が神経質に跳ね上がった。
「だったら何よ」
「いっしょだね」
「はぁ?」
「わたしも最初、ひとりでやってたから」
ショウに会う前の自分とユーリが重なるような気がした。最初から気になっていたのはそのせいもあるかもしれない。もちろん、理由やら事情やらが完全に一致するわけではないのだろうけど。
「仲間なんていらない、ひとりでやりたいって思ってた。でも今は、ショウのことは信用してる。信用できると、思う」
言葉を切り、反応を窺ってみる。ユーリは眉をひそめ、ふいと横を向いた。
「だから私にも信用しろって?」
「無理?」
「あなたには関係ないでしょ。ほっといてよ」
「……ふうん……?」
「おい、アヤ」
アルに呼ばれてユーリから離れる。戻った先のアルもダンテも渋い表情だ。完全にユーリとは距離を置きたいような雰囲気だった。なんとなく、アヤノは違う話を振ることにした。
「ショウ、戻ってこないね」
「そうだな」
「てかダンテ、お前そろそろ時間じゃねーの。戻らなくていいのかよ」
ダンテがためらいがちにうなずき、「それなら帰れ」とアルが背を押す。
「大丈夫だ。神殿は安全だってショウも言ってただろ」
しばらくの沈黙を経て、ダンテは半ばうめくようなため息を吐いた。
「やむをえんな……体が空き次第また来る」
「おー」
ダンテが消えた。するとそこへ、入れ替わるようにショウからのメッセージが届いた。神殿を出て第3ステージの『扉』へ戻るようにとの指示だった。




