バトルフィールド -1-
「じゃあ、僕は3時間くらいで戻るから。来たらメッセージ送っておくよ」
「そしたら“扉”の前で待ち合わせ」
「うん。……ああそれと、さっきのことなんだけど」
「さっき?」
「プレイヤーどうしだと、ダメージが通らないようにはなってるけどね。それでもいきなり殴りかかるのはやめた方がいいと思うよ」
じゃあねと片手を上げたショウは、足下から溶けるように消えていく。アヤノはショウが完全にいなくなるまでじっと見ていた。そしてくるりと身体を返す。
3時間。それまで何をしていようか。
ぐるりと周囲を眺めてみる。ここはセーフティエリア内でもショップが建ち並ぶ区域だ。ただ、アヤノには所持金がない。さっきショウが倒した花の分は譲ってもらったが、それでも一番安い回復アイテムさえ買えない。
「強く、ならなきゃな……」
つぶやいてから武器屋の方へ足を向けた。
実は武器屋には初めて入る。どうせまだ買えないからと敬遠していたのだ。でも今後のため、どんなものがあるか見ておいてもいいだろう。
『やあいらっしゃい。好きな武器を選びなよ!』
戸口のすぐ横には男が1人立っていた。町並みに似合うギリシャ風の服装だ。決まり文句を言ったきり特にかまってこないので、勝手に店の奥へ入った。
壮観だった。
武器は整然と並べて壁にかけられていた。というか、よく見ると浮かんでいた。床の樽やカゴにもたくさん刺さっている。雑多な感じだが、職種別には分けられているようだ。
戦士には、術士・召還士の杖や宝剣は扱えない。そのかわり、武器の中には戦士にしか使えないものが多数ある。大小の剣、鎌、槍。ボーガンに銃、それから――
「……鞭って。使いづらそ」
たまたま目に入って、思わず噴きかけた。こんなものまであるとは知らなかった。
と、突然。
「あーっ、お前!」
高い声にアヤノはふり返った。店の入り口近くには3人組の影があった。
「あんた達、さっきの」
「やっぱりショウといっしょにいた奴だ」
「あいつは? いないのか」
首を振って否定しつつ、アヤノは彼らを観察する。レベルは前に見たときと変わらない。“オラクル”は、成功したのだろうか。
「あいつのせいで準備し直しだよ……もっとアイテムそろえてかないと、さすがにな」
聞く前に答えを得ることができた。まだ行く前だったらしい。アヤノはつい、「ふうん」と気のない返事をした。戦士の背の高い方が顔をしかめる。
「なんだよ」
「かえって良かったんじゃないのと思って」
「は?」
「そうやって自分達で考えて、準備して、それで挑んだ方が、達成感あると思う。別にあいつの真似するわけじゃないけど」
3人はちらちらと目を見交わした。賛同している雰囲気ではなかった。
「もうあのことは思い出させんな。てかさ、あんたも気をつけろよ」
大まじめな顔で、術士がアヤノに向き直った。
「ちょっと聞いた話じゃ、あいつフレンド詐欺っつか、似たようなことくり返してるらしいぜ。しかも初心者狙いで。前からやってるプレイヤーの間じゃわりと有名なんだってさ」
「……そうなの?」
「んじゃ、忠告はしたからな?」
それだけ言うと3人は武器屋を離れていった。
アヤノはぼうっと立ったまま考えた。
ショウのことが、よくわからない。
最初は自分も「なんだこいつ」と思った。けれど先ほどの件でちょっと見直して。
それなのに、今度はこれだ。
「うー……ん……」
我知らず声が漏れていた。
それくらい深く考え込んでいたので、うしろから急に背中をたたかれて、言葉通り飛び上がってしまった。
「あ。悪ぃ」
「――誰あんた」
照れで口調が荒くなる。が、相手は目を見開いたかと思いきや、唐突に爆笑した。
「ほんと、ごめ……そんな驚くと思ってなくてよ」
「笑わないでよ!」
「や、それ、無理だって」
ひとしきり腹を抱えて笑ってから、彼は大きく息を吐いた。
青年というより少年に近く見える。アヤノよりも少し背が低い。赤っぽい短髪にまっ赤な瞳。服装は簡素だ。動きやすさ重視なのか、白い麻の上下に両手のテーピングのみ。そして体格に釣り合わないほどの大きな銃を背負っている。
レベル51。“アレキサンダー”。
「悪かったって。気になる話が聞こえたんで、聞こうと思っただけなんだけど」
「なんの話」
「さっきの奴ら、“ショウ”がどうとかって言ってなかったか?」
「!」
知り合いだろうか。もしくはさっきの3人組が言っていた、「だまされた初心者」だったのだろうか。アヤノは内心で身構えた。
それに気づいてかどうか、少年は腕を組み、なぜかふんぞり返った。
「あんたもショウのこと知ってんのか? 居場所がわかるなら教えてくれよ。オレ、あいつにもう1度会いたいんだ!」