バグ -3-
「えぇー? せっかく来たのにもう行っちゃうのぉ?」
甘え声ですり寄ろうとしたユーリをさりげなくよけ、何もなかったかのように、ショウが手を振った。
「それじゃあ、また後で」
「おー」
「後で」
ショウが姿を消した。と同時に、急にユーリの様子が豹変した。
にこにこと笑っていたのが、妙にけだるげな様子で白銀の髪を掻き上げて舌打ちをする。
「んもう。意外とお堅いんだから」
「……ユーリ?」
アヤノが目を見開くと、妖艶な笑みを返された。
「なあに、アヤちゃん。どうしてそんなにびっくりしてるの?」
「うっわーお前、ネコかぶってやがったのか」
「楽しいこと言うじゃない。誰が言ったのかしら、これまで見せてた私が本当の私だなんて」
顔をしかめたアルにはウインクを投げ、楽しげに笑う。
「知らないの? オンナはみんな女優なんだから」
「お前男じゃねーの!?」
「あらやだ。そんなこと言ってないじゃないの。第一そんなの大した問題じゃないでしょ、ア・ル・ちゃん?」
「……うわ」
アルが首をすくめて3歩下がった。その気持ちはなんとなくわかる。ユーリの纏う雰囲気には毒があるのだ。女性的な香りを感じさせる、甘い毒。
しかしアヤノは、口元を隠してくつくつと喉を鳴らすユーリに向かい、口を開いた。
「でもユーリ。それって、『今』のユーリも本当じゃないかも……ってこと?」
ユーリは「あら」と目を細めた。
「アヤちゃんはそこそこ鋭いわね。賢い女の子って素敵」
「なんだそりゃ。ややこしいな」
「あのねぇ。私のことばかり言うけど、大概の人間は多少なりと人前で演技をするものでしょ。アルちゃん、あなただって今、まったく演技してないってことないんじゃない?」
「!」
アルが詰まった。それがかなり意外だった。アルのことはずっと、裏表がなくて子供みたいな性格だと思っていた。
「ね、だからこの話はこれでおしまい。ところで2人は何するところ? 第3ステージのメンテ終わったんでしょ? 戻らないの?」
アヤノはアルと視線を交わす。ユーリには、2人が現実世界へ帰れないということをまだ知らせていない。だから、あまり軽々しく行動できないということをどう言えばいいだろう。どう答えるのが正解だろう。
その間を不自然に感じたらしいユーリが意味ありげに笑んだ。
「やぁだ、いやらし。特に決めてない感じね? じゃあショウ君もいないことだし、1度戻っちゃおうかしら」
「戻るの?」
「お前って、けっこうマジメにショウが目当てなのな……」
「だぁっていい男なんだもの。まぁとにかく、私は戻ることにするわ。じゃあねぇ2人とも」
手を振られたので振り返すと、ユーリはそのまま消えた。するとアルが寄ってきてささやいた。
「かえってよかったかもな」
「かもね」
「オレもお前も、ショウみてーにうまく誤魔化しながらしゃべれねーからな」
「うん。ていうか、どうしてユーリには言わなかったのかな」
「軽そうだからじゃん?」
「……かな?」
ユーリには悪いが否定できなかった。ダンテの時は出会い方が出会い方だったのでショウも早々に「信用できる」と踏んだのだろうけど。
それに、協力者がほしいのはこちらの都合だ。簡単に巻き込めないというのもありそうな気がする。
「まーた暇になっちまったな。どうする?」
「ん――」
「!」
突然、アルが血相を変えて銃に手をかけた。つられてぱっとふり返ったアヤノは、ざらりとしたモノクロを視界に捉えた。
「!?」
「アヤ、今……見えたよな?」
アルの固い声がした時には、もはや見慣れたあのモザイクは消えていた。しかし『最初からなかった』とはとても思えない。アルも同じものを見たようだし。
「敵キャラのバグだと思ってたけど、違うのか? ここ、セーフティエリアだよな?」
「……。うん」
「敵が発生しないはずの領域で、なんで……」
きつく眉根を寄せたアルは、すぐにぶんぶんと赤い頭を振った。アヤノも周囲の様子を確認してから戦闘態勢を解く。近くに数人いた他のプレイヤー達は、モザイクに気づいた様子はなかった。
「ショウに知らせた方が、いいかな」
「いや。次また出たらにしようぜ。まだショウが落ちてからそんなに経ってない」
「わかった」
「警戒しつつの待機時間か。めんどくせーな……」
ぶつぶつ言いつつ頭を掻くアル。アヤノは念のため、腰の長剣を手にした。
第3章2節 了




