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THEOS KLEIS ‐テオス・クレイス‐  作者: 高砂イサミ
第1ステージ:市街
4/200

ゲームオーバー -3-


 いろいろとひととおりの説明が終わった。全部覚えられたかはあやしいものの、少し目の前が開けたような気分だった。

 ただし、それをショウに言うつもりはないのだが。


『システム:マップ』


 唱えると、半透明の見取り図が目の前に展開する。ところどころで動いている白い光が人間。不意に現れる赤い光が、敵。それぞれの位置がわかるだけで安心感が違う。

「まずはこんなところだと思うよ」

「ん」

「君はこれからどうするの?」

「どうって」

 アヤノは憮然とした。やることなど決まっている。

「敵と戦ってレベルを上げる。次のステージに進む。他に何かある?」

 それを聞いたショウは、なぜか噴いた。

「いやまあ、そうなんだけど」

「なかなかフィールドが開かなくてイライラしてたけど、やっと出られるようになったみたいだし」

「少し前にバグが大量発生したからね……メンテ期間は長かったよ、確かに。それでもいまだに“ゴースト”の噂は消えなかったりするわけだけど」

「ゴースト?」

「知らない? 一時期報告が殺到して、運営の回線パンクしかかったらしいって」

 と、これは苦笑混じりだった。そんなの知らないと首を振って、アヤノは地図を消した。

「あんたこそ、この後どこにいくの」

「うん? そうだな。予定してた神殿には行かないことになったし……」

「それって“オラクル”ってやつだよね」

 もちろんアヤノは未到達だが、バトルフィールドの1番奥には神殿があり、各ステージの守護神に会えるという。その守護神から受ける指令が“オラクル”。これを達成すれば、次のステージへの鍵を入手することができる。

 それは逆に、達成できなければ次へ進めないということで、つまり避けては通れないメインイベントなのだ。

「このステージの“オラクル”くらい、やったことあるんでしょ?」

「まあね。たしか4回くらい」

「難しいの」

「難易度が他と同じじゃつまらないよ」

 アヤノは視線を落とす。初期装備のシンプルな腰帯には、紫色の石のついた鍵が下がっている。第1ステージの“クレイス”だ。

 それからそっと盗み見ると、ショウは5つの鍵をつけていた。少なくとも第5ステージまでは進んでいるということだ。そう思うと、ショウがだいぶ遠く感じられた。

「“オラクル”って……1人で行けるもの?」

 それでも思い切って聞いてみた。ショウは、ちょっと目を見開いた。

「僕はいつも4、5人でパーティを組んでた」

「あんたくらいのレベルでも、やっぱりそうなんだ」

「1度だけ単独で挑戦してみたけど、第1ステージでも相当キツかったよ」

「つまり、1人になった今は行けないわけだ」

 ショウは怪訝そうに眉をひそめた。こちらの言いたいことを量りかねているようだ。

「そうかもしれないね……?」

「なら。今日の予定、わたしが埋め合わせてもいいけど」

「え?」

 アヤノはふいと横を向く。この言いぐさはどうなのかと自分でも思いつつ。


「わたしが、いっしょに行ってあげるよ。“オラクル”」


 一瞬の間があった。

 それからショウは顔を伏せ、細かく肩を震わせた。

「意外と……律儀なんだ……」

「笑うな」

「うん。それなら僕も嬉しいよ。じゃあとりあえず、フレンド解除はしなくてもいいのかな」

 アヤノはぶすっとした顔でうなずいてから、きつくショウを睨んだ。

「別に! いろいろ教えてもらって時間取らせて悪かったとか、ぜんぜん思ってないんだからね! カン違いしないでよねっ!」

「はいはい。おもしろいね、君」

「うるさい!」

 なんとか復活してきたショウは、まだ微妙に引きつった笑顔をアヤノに向けた。

「でも、ごめん。僕はそろそろ時間だ。セーフティエリアまで戻ったら落ちるよ」

「戻るの?」

 このまま進むつもりだったので、アヤノは拍子抜けした。ショウはここへきてようやく笑いをおさめた。

「休憩と、もう少し準備が必要。そっちはアイテムほとんど持ってないんでしょ」

「う……」

「オラクルエリアに入ると、途中で休めるところもショップもないから」

 ショウはもうセーフティエリアの方へ歩き出していた。アヤノもあわてて追いかける。するとショウが、肩越しに見返った。

「君もけっこう長い時間プレイしてるんじゃない? 1度ログアウトして、ちゃんと休んだ方がいい――」

「あっ」

 アヤノは思わず声を上げた。

 ショウの前方。陽炎のようなものがゆらりと立ちのぼり、見る間に大きな黒犬の形になった。ショウが無防備な様子で視線を戻す。と同時に、犬は大きくジャンプして襲いかかってきた。

「ショウっ!」


 ザンッ


 アヤノは剣に手をかけたところだった。

 ショウは、もう抜いていた。

 何か起きたか理解するまで少し時間が必要だった。犬は横倒しに倒れ込み、端からぼろぼろと崩れていく。

「……と、思うよ。聞いてた?」

 何事もなかったように、片刃の長剣がパチンと背に収められた。そこまでを呆然と見守って、アヤノは身震いした。

 強い。

「ところで今さらなんだけど。僕は君のことをなんて呼んだらいいかな?」

 どこかおもしろそうにショウが言う。アヤノははっと我にかえった。そうして、自分がショウを呼び捨てにしたことを思い出した。

「なんでも、いい」

「そう? じゃあ――もう早いとこ戻ろうか、“アヤ”」

「……」

 なんでもいいとは言ったがまさかいきなり省略されるとは思わなかった。

 しかし腹が立つよりも、畏れに近い感情が強くなっていた。

「? 行くよ?」

 もう1度声をかけられたアヤノは、無言のまま不意に駆けだした。今度はショウが追いかけてくる形になる。その気配を痛いほどに感じながら、アヤノは複雑な気分を押し殺した。

 その後は幸いというか、敵は出現しなかった。もうすぐセーフティエリアだ。

 エリアとの境目が見えたところで。

 アヤノはふと、心の中でつぶやいた。



 ――そういえば、“ログアウト”って……なんだったっけ……?




第1章1節 了

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