ゲーム -1-
二人目のログアウト不能者。それは状況に慣れてゆるみ始めていた雰囲気を、意識を一気に凍らせた。
セーフティエリアに引き返し、ショウがアルと何やら話している間、ダンテも、アヤノも無言だった。どれだけ大変なことが起きたかというのは察しがつく。自分だけの問題ではなくなったのが逆にショックで、アヤノは小さなため息をくり返した。
「……アヤノ」
ダンテの声に顔を上げる。ショウと、少し引きつった顔のアルがこちらへ来るところだった。
「大体のところ、アヤといっしょみたいだ。リアルの記憶、ログインする直前の記憶がすっぽり抜けてる。幸いというか、僕はアルとリアルの話をしたことがあったから、その辺は少し思い出してくれたみたいだけど」
「それでも“ログアウト”はできない、か?」
低く言ったダンテに、ショウは重くうなずいた。
「らしいね」
「そうか」
「ショウ、オレ……」
「うん。わかってる。落ち着いて」
さすがに不安げなアルの頭を軽くたたき、ひとつ息を吐く。ショウも平静を装ってはいるものの、声が重く、固い。
「1回向こうで報告してくるよ……ダンテ、まだ時間は大丈夫?」
「しばらくは問題ない」
「できるだけ早く戻ってくるから」
「待て、ショウ」
ダンテが呼び止めた。長い腕を組み、眉間に深くしわを作る。
「2人目だ。これは非常事態ではないのか」
「……そうかもしれないね」
「システムを停止する、というわけにはいかないだろうが、せめてログインを制限するべきでは?」
次にいつ同じことが起きるかわからない。そう考えるとダンテの意見はもっともだ。
しかし、ショウは困ったような顔で笑んだ。
「その辺は、僕に決められることじゃないけど。とにかく行ってくるね」
ショウの姿が消える。残った3人は所在なく目を見交わした。
「アルは……思い出したんだ? リアルのこと」
聞くともなしに聞いてみた。するとアルは「まあ」と曖昧にうなずいた。
「名前と顔と、ちょっとしたことくらいな。それでもお前よかマシなんだろーけど」
「アヤノは相変わらずか」
問われてうなずく。今でも名前以外にはっきりと思い出せることはない。時々おぼろげなイメージがかすめていくだけだ。
「名前は本名。まだそれだけ」
「そうか……」
「お前はだいじょうぶなんだよな、ダンテ」
「今のところは問題ないが」
ダンテは腕を組んだまま2人から視線をそらした。黒い眼に一瞬よぎったものは不安感だったろうか。
無理のないことかもしれない。アヤノだけが例外というわけではなくなったのだ。それはつまり、ダンテもいつログアウト不能になるかわからないということだ。
「帰った方がいいんじゃない。ショウにはわたしから言っとくし」
「……。いや」
しかしダンテは、ゆっくりと首を横に振った。
「一度引き受けたものを投げ出すのは主義に反する」
「けど……主義とか言ってる場合じゃなくね? まだ原因だってさっぱりわかってないのによ……」
いつになく弱気な顔のアルを見て、ダンテがまた首を振る。今度は迷いのない仕草だった。
「リスクは承知の上だ。協力者は必要だろう」
「いいの、わたし達みたくなっても」
「まだそうなるとは限らない」
協力してくれるというならアヤノ達にとってはありがたいが。本当に大丈夫なのだろうか。
と、どこか吹っ切ったように、ダンテが微笑した。
「気遣いは無用。俺が俺の意志ですることだ。仮に何かあったとしても、恨みはしない」
「ダンテぇ……お前っていいヤツだったんだな」
アルが大感激の体で両のこぶしを握った。その横で、アヤノも小さく「ありがとう」とつぶやいた。
* * * * *
『――何をやってるんだ、ショウ!? お前マップを移動してるだろう、下手に動くなって言わなかったか俺は!?』
連絡をとってみたところ、第一声は怒声だった。しかしこの程度は慣れている。端末を耳から少し離してやり過ごし、一区切りついたところへ質問をねじ込んだ。
「大丈夫。問題は起きてないよ。それよりどう? 連絡ついた?」
『お前な……まあ結論を言えば、プレイヤー“アヤノ”からの応答はまだだ。ただ登録のアドレスから、少しわかったことがある』
「! もしかして身元が?」
『確認中だ。だからお前はもう動くなよくれぐれも! ヘタ打ったら、VRゲームの存亡に関わるからな!?』
「……わかってるよ」
通話が切れた。少し考え、もう一度端末の画面を見る。操作を始める。
それは通話ではなく、メール作成の画面だった。
* * * * *




