アバター -3-
とにかく移動しようとしたところで、アヤノはふと思いついた。
「ねえ。この樹登れるの?」
言いながら視線だけ向けると、ダンテは驚いたように目を見開く。
「試みたことはない」
「なら……やってみる」
猿の動きと、少し離れた場所の樹の枝を交互に見て目測する。猿が跳んだ。動作はさっきと同じ。今なら上方に向けた攻撃は、ない。
アヤノも思い切って跳躍した。1番低い枝は頭より少し高い位置。“能力値”を使って運動能力を上げた今ならぎりぎりで届くはず。
――届いた。と同時に切っ先を真下に向け、猿の背中めがけて飛び降りた。
刃は深く刺さって大きくダメージを与えた。すぐに離脱しながらまた飛び乗れそうな枝を目で探す。
「いける!」
敵頭上からの攻撃は成功率が高いと確信した。そうして結局同じ枝を選び駆け寄っていく。その視界の端で、ダンテも樹の下へと移動していた。
「そんな戦い方があったとはな」
ダンテはアヤノよりかなり身長が高い。そのさらに上にある枝をジャンプしてつかんだかと思えば、懸垂の要領で軽々と体を持ち上げその上に立った。アヤノの方でも「そういう登り方があるのか」と学んだ。
しかし、今度は猿の方でも木登りの体勢に入った。地上にいれば攻撃のチャンスだったが、ここからでは離れすぎていて、跳んでも届きそうにない。やはりタイミングは大事らしい。次にあれが地面に降りるのは、木の実投げの後だろうか――
そんなことを考えていた横を黒い影が行き過ぎた。何事かと見張った目に枝を飛び移るダンテの姿が映った。まっすぐではなく、小刻みに方向を変えながら。少しずつ猿のいる枝へ近づいていく。
「アヤノ!」
「ん!」
真似をして手近な枝に手をかける。ダンテほどスムーズにはいかないが、思ったよりも体はよく動く。なんとかやれそうだ。
若干遅れながらもダンテの反対から回り込む。このまま挟み撃ちにできそうだ。
猿が木の実を取った。どちらへ投げるかと警戒するが、先ほどと同じく地面に向けて投げるばかりだった。そこへダンテが追いつき宝剣で一撃を加えた。アヤノもすぐに斬りかかった。すると猿は甲高く啼いて、地面に落ちた。
間髪入れずに2人揃って飛び降りる。
『魔法;スィエラ』
ほぼゼロ距離での攻撃魔法。風に巻かれて身をよじる猿の、首を狙って剣を振り下ろした。
大ダメージが飛んだ。猿がどっと倒れて形を崩す。はあっと息をついたところで、後ろからショウの明るい声が聞こえた。
「よく気がついたね。意外とみんな思いつかないんだ、『敵と同じ高さに立つ』っていう戦い方」
もう一体は単独で、とっくに倒してきたのだろう。樹上を見て苦笑いしているダンテの肩をたたく。にっこりと笑う顔は若干悪戯っぽかった。
「ある意味裏技みたいなものだから。この戦法なら術士でもいけるんじゃないかな?」
「……そのようだ」
「じゃあコツがわかったところで、次いってみようか。もうしばらくはセーフティエリアの近くでね」
何か不測の事態があった時、すぐに逃げこめるように。アヤノはうなずいた。そしていつもの通り、ショウを先頭に注意深く進み始めた。
と――
「あ? ……あれ?」
うって変わって困惑気味に首をかしげ、ショウが足を速める。アヤノとダンテはちらりと目を見交わして後を追いかけた。
「アル? なんでここに?」
緑の狭間に赤毛が見えた。スロー再生のようなのろのろとした動きでこちらを向いた顔は、やはりアルだ。確かしばらくはこちらに来られないと言っていたはずなのだが。
「……ああ…………ショウ、か」
「もう戻って来たの? 日中は用事があるんじゃなかったっけ」
どことなくぼうっとしたままのアルにショウが眉をひそめた。アヤノも首をかしげる。何か、様子が変だ。
「や……だってよ、アヤを放っておけねーじゃん」
「協力は助かるしありがたいと思ってる。だけどリアルをないがしろにするのもまずいよ。たぶんだけど、今日ってバイトだろ?」
「バイト?」
「え、いや、聞き返されても――」
徐々にショウの表情が険しくなる。アヤノも嫌な予感に襲われた。
「アル。ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだよ?」
「バイトは何をしてるの? 前に1度、話してくれたことあったよね?」
ショウが探るように尋ねると、アルは少し、目を見開いた。
答えは返らない。ショウがぐっと眉根を寄せた。
「アル! 今すぐログアウト、早く!」
「あ……わ、わかった」
たった今目が覚めたような顔をして、アルがあわてたように叫ぶ。
『システム;ログアウト!』
瞬間――空気が凍った。
何も起こらなかった。アヤノの時と同じように。
アルまで。
「……2人目、か」
ショウがほとんど聞こえないような声でつぶやき、きつく、眉根を寄せた。
第3章1節 了




