アバター -2-
「アヤ?」
「暇。訓練、つき合って」
体を動かしていれば少しは気が紛れるだろう。自分もショウも。
と思ったのだが、ショウは首を横に振った。
「もうしばらく休んでからにしよう。VRは脳を使う。“こっち”で休んでどれだけ効果あるか自信ないけど、何もしないよりましだと思う」
急に肩を引き寄せられ、ショウにもたれかかるような形になった。驚いて硬直していると、よしよし、という風に頭をなでられる。
「寝るのと同じつもりで目を閉じて。できるだけ何も考えないで」
「……、む、無理……」
この体勢では無理だ。わけのわからない動悸がひどい。肩に置かれた手をはずして腰をずらし、ベンチの端まで移動する。きょとんとするショウに向かって「来ないで」と手を上げる。
「ひとりで、寝る……から」
「! そうだね……!」
今になってまずいと思ったのか、わずかに動揺が見えた。
それには気付かなかったふりをして、アヤノはそのまま目を閉じる。寝るという感覚がどうも体から遠いのだが、何も考えずにぼうっとしていればいいのか。いっそその方が半端に目を開いているよりもましなのだろうか――
なんとか鼓動が落ち着いてきたので、見るともなしに瞼の裏の闇を見る。“闇”を感じたのはひさびさという気がした。ここはいつでも昼間で、いつでも明るい。
――悪くない、かも……
なんとなくうつらうつらとなりながら、そんなことを思った。
* * * * *
ダンテが戻ってきた。第2ステージで若干の経験値稼ぎをしたあと、3人は始まりの扉へ向かった。
『ワープ;サードステージ』
アテナから入手した乳白色の石の鍵が、次のステージへの扉を開く。
目を開いたアヤノはすぐに辺りを見回した。セーフティエリアはやはりこれまでと変わらない。が、ひとつ違うのは、町並みの向こうに生い茂る樹海が見えることだった。
「第3ステージは“森林”。ここのフィールドはけっこう厄介だよ。樹が多いから道は細いし、見通しがかなり悪い」
「俺の進度もここまでだ。聞いた話では、森林ステージに関しては“召還士”が有利なのだと」
「召喚獣はある程度遠隔操作ができて、障害物が多くても攻撃しやすいからね。逆に術士は不利かな。魔法を届かせるのに苦労するんだ」
「その通りだ」
やや憮然とうなずくダンテ。この様子だと、実際手こずったのかもしれない。
もらった情報を頭の中で整理していると、不意に何かが引っかかった。鍵に関することのような気はする。しかしはっきりと思い出せない。
鍵。――鍵の、数――?
「アヤ、出てみる? もう少し金が入れば装備が買えるよね?」
ショウに呼ばれて我にかえった。所持金を確認すると、確かにそこそこ溜まっていた。
小さなことで悩んでいる暇はない。そう思って鍵のことを考えるのはやめる。
「フィールドへか」
「適正レベルまでは来てる。僕達2人がついてれば大丈夫だよ。ただし、アヤはあんまり無理しないように」
「わかってる」
「森の中で攻撃魔法はあまり役に立たない。でも実は、防御魔法の効果は高いよ」
ショウが、ダンテの肩をたたいた。
「頼りにしてる」
「……了解した」
そんなことを話している間にセーフティエリアの出口まで来た。――見事なまでに森だった。エリア近くはまだ木立もまばらだが、奥の方へいくにつれ、樹がみっしりと生えている箇所もあるようだ。
そういう場所はルート外なのだろうが、閉塞感の中での戦闘になるのは確実だ。慣れるまでには時間がかかりそうだった。
「すぐ、慣れるよ。大丈夫」
見透かしたようにショウが言ったところで、境界を超えた。
ここからはバトルフィールドだ。剣を手にして慎重に前進していく。今度は何が出るのだろう。森の中といえば、いそうなのは――
「出たぞ」
ダンテが緊張気味の声で言った。見ているのは樹の上だ。アヤノも目を上げ、新しい敵を捉えた。
キイッと高い声で啼いたのは、猿だ。2匹いる。
「よけて!」
ショウの声でとっさに飛び下がる。次の瞬間、猿は目の前に飛び降りて拳を地面にたたきつけた。オレンジの毛並みに長い腕。よく見ると、猿と言うよりオランウータンだろうか。
などと考えている間に猿は長い腕を左右に振り回し、くるりと向きを変えて別の樹に駆け寄った。アヤノもとっさにその後を追いかけ、問答無用で斬りつける。硬そうな毛を生やした背がのけぞった。しかしダメージは思っていたほどとれていない。
念を入れてすぐに距離をとる。と、そのままするすると樹上に戻った猿は、木の枝から何かをもいで、いきなりそれを投げつけてきた。
「うそっ!」
予想外の攻撃にあわてながらもなんとかステップでかわしていく。さすがは猿、などと妙な感心が頭をよぎった。
「ダンテ、アヤをたのむ」
「わかった」
ショウがもう1匹の方へ向かった。ちらりと横目に見ると、幾筋もの銀の光が次々に飛んで、向こうの猿に吸い込まれては表示を打ち出した。投げナイフ。この狭い空間では長剣を振り回すよりも有効なのだろう。
「よそ見をするな!」
「あっ――」
『魔法;ディニ!』
水膜が螺旋を描くようにアヤノを覆った。その膜に、松ぼっくりのような硬そうな木の実が当たって跳ね返った。
「ごめん、ダンテ」
強く頭を振って「集中」と自分に言い聞かす。猿は枝の上で跳ね、また何かしそうな気配を見せていた。




