オラクル Ver. アテナ -7-
2つ目の“紋章”獲得が決まった。素直に嬉しいと思った。先を思えばまだまだ長いが、1歩前進したことは確かだ。
「よっしゃー早く神殿戻ろうぜ! 今度の“紋章”はどんなんかなー!」
アヤノは例によってはしゃぐアルをじっと見てから、ショウに視線を移した。
と――
「ショウ? 何?」
「……いや……」
ショウの方は倒したばかりの蜘蛛を見ていた。難しい、険しい表情だ。どうしたのかとアヤノも様子を窺う。もうひっくり返ったままで動きそうな気配はないのだが。
「――おかしい!」
それでもショウは声を上げ、3人に手で合図を送る。
「早く戻ろう、あれは妙だ」
「妙? どこがだよ? ちゃんと倒したじゃねーか」
「倒した後のモンスターはすぐに消えるはずなんだ……どうしてあのまま残ってるか、わからない」
「だ、だけど、戻るって言っても」
軽い緊張が走った中でアヤノは目を細める。アテネの神殿へ通じる緑色の扉は、逆さの蜘蛛のすぐ近くに出現している。ここから出る道はあれしかないはずだ。
ぎゅっと眉を寄せたショウは、大剣を構え3人に背を見せた。
「本当は最終手段で“ログアウト”があるんだけど、アヤがいるからそうもいかない。一応注意していこう。このところ、イレギュラーな事態が頻発してるから」
「お、おう……」
「僕の後から来て。気をつけて」
一応とは言いつつくどいほど念を押しながら、ゆっくりと進み始める。真顔になったアルが銃を手に続き、ダンテがすいとアヤノの後ろについた。アヤノもしっかりと剣を握る。蜘蛛から目を離さないようにして少しずつ進んでいく。
何も起きなかった。いや起きても困る。何事もないことを祈りながら4人は扉の近くまでたどり着いた。
「だいじょうぶそう、だよな?」
「……今のところね」
あと数メートルで扉に手が届く。そうすれば。
アヤノは緊張で浅くなっていた息を、ひとつ大きく吸い込んだ。
その時だった。
「えっ」
ざり、とノイズ音が聞こえた。ショウが素早く腕を上げて3人を押し止める。
続いて金属をひっかくような音が「カリカリカリ」と響き、見る間に、蜘蛛の表面が黒っぽい模様に浸食されていった。
「こいつっ……例のモザイクじゃねーか!?」
アルが叫び、ショウが身構えかけた。
すると後ろからダンテの冷静な声が聞こえた。
『魔法:カタラクティス!』
唱えたのは水の広域防御だ。ちょうど扉と蜘蛛とを隔てるように水の壁が現れる。
「先ほど現れたものと同じものならば、魔法は効果があるはずだ」
「! 今のうちに!」
全員が飛びつくように扉へ手を伸ばした。緑の光がはじける寸前、モザイクの固まりと化した大蜘蛛が、大きく脚を振り上げた気がした――
視界から風景が消える。と思うや、すぐにまた色づいた。不安からとっさに見回してみると、そこはアテネの神殿で間違いないようだった。それがわかってようやく体から力が抜けた。
「なんっだ、ありゃ。びっくりした……」
アルがその場にしゃがみ込んだ。ショウとダンテがそれぞれに息を吐いている。アヤノの胸もまだ激しく脈打っていた。
「助かったよ、ダンテ。ありがとう」
「いや」
「そういえば“これ”はまだ報告してなかったな……だけど、他からこんなバグの報告ってなかったはずなんだけどな?」
ショウが雑に前髪を掻き上げた。疲労と苛立ちがはっきりと目に見える仕草だった。
――ポンッ
その様子に気を取られていたため若干反応が遅れた。メッセージの着信音だったと気づいて画面を開く。
その瞬間、半ば無意識に声を上げていた。
「やっ……!」
「アヤ!?」
すぐにショウが横からのぞきこむ。アヤノは片手でぎゅっと胸を押さえ、震える指で画面を指した。
『早く 13ステージにおいで
早くしないと
あ ぶ な い よ 』
「……これが、前に言ってた送信者不明のメッセージ?」
気遣わしげなショウの問いにうなずいた。
気持ちが悪い。怖気に体が震える。文面そのものはなんの変哲もないというのに。
何かとてもいやな感じがして、今すぐにも画面を叩き割りたいほどだった。
「“ゴースト”……なのか……?」
だからその時は、まだ気がついていなかった。食い入るように画面を見つめるショウが、どんな表情をしていたかということに。
第2章 了




