オラクル Ver. アテナ -6-
「アヤ! “紋章”!!」
やばいかも、と思ったところで、まだ少し離れたところにいるショウの声。つられて叫んだ。
『紋章:――クリノス!!』
蜘蛛が跳んだ。その着地点からできるだけ離れようと走る。ダメージを受けるのがどのくらいの範囲かわからないのが怖い。
それでも地鳴りはすぐに襲った。その時――ぱっと、花が開いた。
ヘラを思い起こさせる、薄く紫がかったユリの花。それが目の前に広がって地面の揺れさえ吸収したのがわかった。生命力はわずかに減っただけ。本当ならどれだけ減ったのかがちらりと気になるが、そんな暇がないこともわかっている。
「すぐ解いて!」
『紋章:解除!』
そこへショウが追いついてきた。え、と思った間に腰を抱かれて体が浮く。連続跳躍で蜘蛛から離れ、アルとダンテに合流した。地面に下ろされると、なぜか少し胸がドキドキした。
「アヤ、表示確認して。紋章の使用可能時間」
言われてみれば敵残数とは違う数字が表示されたことに気づく。秒単位だろうか。表示は223/300だ。
「5分しか使えない?」
「けっこう強力な効果があるからね。あまり手軽すぎてもおもしろくなくなる。日付が変わればリセットされるよ」
「蝶の2匹目は片した。あとは蜂と、あいつだけだ」
アルの銃が蜘蛛を指す。と、また網が投げられた。4人はぱっと足場を変えてそれをよけ、目を見交わした。
「もう蜂の方はついでかな……ボスを集中的に攻撃しよう」
話しながら揃って移動を始める。アルが銃をたたいた。
「換えるか? 火力強いのも一応持ってんぜ」
「射程範囲が狭くなるんだろ。今のままでいいよ。ダンテ、魔法のゲージは」
「問題ない。回復アイテムも持ち合わせている」
「アヤ。蜘蛛の網、至近距離でよけられそう?」
アヤノは迷わずうなずいた。2回見たのでコツはわかった。なんとかできると思う。
うなずき返したショウは、蜘蛛の様子を見て足を止めた。
「アヤと僕は至近距離からの攻撃になる。アルは中距離から援護を。何かあれば指示を出して。悪いけどダンテ、ここからしばらく防御に専念してもらえるかな」
「おうっ」
「了解した」
「それじゃ、アヤ」
宝剣を構えたダンテを残し、3人が蜘蛛に向かう。その途中にアルも離脱してアヤノとショウが同時に跳んだ。
『魔法:フロガ!』
ショウが火球を放った。キチキチと高い鳴き声を上げて蜘蛛が体を揺らした。そこへ剣を振り下ろす。一拍遅れでショウも近くに着地する。
不意に背後での銃声。カウンターが回り、敵残数が、1になった。
もう他を気にすることもない。ショウの位置だけを視界の隅に、できる限り斬り続けた。
「突進来るぞ、離れろ!」
自分は撃ち続けながらアルが声を上げた。アヤノは飛び退き、どこかで見た蟲のように猛進する蜘蛛をうしろから追いかけた。
その横からショウに追い越された。蜘蛛の進む先へ剣を向ける。
『魔法:スピサ』
ちょうど黒い足のかかった地面からパッと火花が散り、蜘蛛が横転した。ちらりと見返ったショウの目配せにうなずく。その時にはもうアルも攻撃に入っていた。
――やっぱり、すごい。
攻撃方法も連携も最初から決まっていたかのようだ。ショウとアルの呼吸の合わせ方など特に。
そう思い、うっかりして一瞬見入った。
「!」
蜘蛛が勢いをつけて起きあがった時、距離感を誤ったらしく、その足が腕をかすめた。予想外にぐんとゲージが減って思わず息を呑む。
『魔法:セラピア!』
ふわりと淡い光が全身を包んだ。一気に生命力ゲージが回復して少し驚いた。
そういえば、ダンテは回復魔法を持っていると言ったのだったか。
「アヤっ」
「平気! ……ありがとう!」
「待て、そこ動くな! ジャンプしてくる!」
アルの指示も意外に的確だ。いろいろがうまく噛み合っている感がする。だから、つい楽しくなる。
第1ステージで、“この世界”では楽しめばいいとショウに言われたが、今もそうだろうか。それとももっと緊張を保って戦うべきなのだろうか。
「チャンスだ!」
銃を構えたアルを見ると、笑っている。宝剣を掲げたダンテ。そちらをふり返るショウ。
「とどめを刺せそうだ――ダンテも攻撃を!」
『魔法:スィエラ』
風の攻撃魔法。間を置かずにショウが走る。
「アヤ、アル!」
はじかれたように足が動く。3人で一斉攻撃にかかる。
『魔法:プリミラ!』
ダンテも追い打ちで水属性攻撃を放った、直後。アヤノの斬撃が決定打だった。
蜘蛛が耳障りな声を上げながらひっくり返り、動かなくなった。それぞれ顔を見合わせると、程度の差はあっても皆が笑顔だ。
「おっしゃ! カウンターゼロだよな? オッケーだよなっ?」
「うん。間違いなく」
「……やったのか」
ダンテが感慨深げにつぶやいて、アヤノもそっとこぶしを握った。




