フレンド -3-
ダンテは少しの間、思案する風に視線を落とした。
「……方針としての異論はない。が、例外条件の判断が難しいのではないか」
「それをやるのは僕の仕事。アルとダンテは普通のプレイヤーとして、『仲間』として、アヤを守るつもりでやっていってほしい」
そしてショウの青い瞳は、最後にアヤノを捉える。
「という感じでいきたいんだけど、どうかな、アヤ?」
それはつまり、ただの再確認作業だった。自分が意地を張らなければすんなりそうなっていたはずの話。それを思って猛然と恥ずかしくなった。
「それで……いい」
うなずくだけでいっぱいいっぱいだ。顔が赤くなっているのがわかる。が、ショウはぽんとアヤノの頭に手を置いて、そ知らぬ顔で目をそらした。
「2人は?」
「細かいとこはよくわかんねーけど、要は普通に一緒にやってきゃいいってことか? んなの、いいに決まってんじゃん!」
「了解した」
まだ反論するかと思えたダンテも意外にあっさり承諾した。ショウは長剣を背に戻し、嬉しげに目を細めた。
「よかった。これで4人の意思がそろったね。それじゃあ……アヤ」
改まったようにこちらへ向き直る。アヤノの背筋も自然と伸びた。
「約束するよ。なんとかして君を“第13ステージ”へ連れて行く。だからアヤも、ひとつだけ約束してくれないか」
「約束?」
「絶対に、死なないこと」
ショウの言葉には妙な重さがあった。
ゲームオーバーではなく『死なない』ことか。あえてそう表現したのは彼の決意の現れと思えた。
「わかった。約束する」
「約束だ」
「っと、ショウ! 次来たぜ!」
アルが指さした先で、今度はカマキリ3匹が出現した。ショウが即座に指示を飛ばす。
「アル、ダンテ、2匹たのむ。左をアヤと僕とで引き受ける。アヤもレベルを上げていかないとかえって危ない」
2人は肯定を行動で示した。あっという間に攻撃態勢に入った背中から視線をはずし、自分の役割を確認する。
経験値を得られるのは、敵に致命打を与えたプレイヤーだ。今度は倒す。自分の力で――欲を言えば、自分の力だけで。
「さあ。行こう」
ショウがぽんと肩を押した。と同時に、カマキリがこちらへ向かって走ってきた。
鎌の2連撃。この直後はチャンスだ。回り込むように駆けて回避し、横腹に剣をたたきつける。2度、3度。後ろへ跳んで距離を置く。ここまでは大丈夫。問題は次にくるはずの衝撃波だ。
「アヤ」
「――平気!」
カマキリが体の向きを変えた。鎌の振り上げ方。見た瞬間にまた横へ走る。
少し離れた場所の銃声を聞きながら、思いきり前へ飛び込んだ。ごろごろと転がって身を起こすと、カマキリは下ろした鎌をもう1度上げ、威嚇するように啼いたところだった。
避けきった。
しかしほっとしている場合ではない。無理やり体を動かして様子を窺いながら回り込む。次は何が来るか。
『魔法:プリミラ』
滝のような水音に思わずふり向くと、1匹のカマキリが渦に巻かれて倒れ伏すところだった。ダンテがちらりとこちらを見る。アヤノは軽く歯を噛みしめ、意識を敵へと戻した。
「やっ!!」
再び間合いを詰める。長い後ろ足を斬り、離脱する。
これを、あと何回くらい。
「集中して! あと少し!」
「!」
絶妙のタイミングだった。気持ちを奮い立たせ、また敵へと向かう。
次はきっと突進だ。方向は――
「あっ」
カマキリはいきなりこちらを向いて、鎌を持ち上げた。予想した動きと違う。思わず硬直したアヤノの頭上に、鎌が、落ちる。
寸前。
『魔法:スピサ!』
ぱっと火花が散った。地面をえぐった衝撃でカマキリがぐらりと傾いた。
今だ。アヤノは力の限り跳んで、薄緑の胸を貫いた。そうして目を上げると、その形がさらさらと崩れていくところだった。
「……勝った……!」
少しだけ手を借りたので、素直には喜べないものの。
通知音が聞こえたので確認すると、ひとつ、レベルが上がっていた。ぱっとふり向くとショウも笑っている。
「あっちも終わったよ。進もうか。ここからだとオラクルエリアはそれほど遠くないから、少し回り道してレベルを――」
しかし。地図を開いたショウは、ふと気がついたように目を開いた。
「おーいどしたー?」
「……アヤ、そういえば僕達と別れた後、どの道を通ってここまできたの?」
アヤノもショウの地図をのぞき込む。駆け寄ってきたアルも「なんだなんだ」と背伸びをし、ダンテはかまわずゆっくり歩いてくる。
「地図見ないで走ってきたから。でも、さっきは気がついたらここにいた」
曖昧ながら、この辺り、と道の外を指をさす。それはよく見れば、セーフティエリアの出口から今いる場所までをつなぐ直線上だ。
「何かの間違いではないか。道の外へは出られないようになっている」
「だよな。ほら」
アルが歩いていって、空間を蹴った。ぽよん、と間の抜けた音がしてプリズム状の波紋が広がる。アヤノは首をかしげた。なるほどそういう仕組みなのか。だとすると、さっきのはやはり地図の見間違えだったのだろうか。
「あまり、気にしなくていいんじゃないかな。念のために報告はしておくよ」
画面を消す。その一瞬ショウが眉をひそめたことに気づき、アヤノは瞬いた。
と、ショウが不意に息を呑んだ。
「しまった忘れてた……アル、ダンテ。2人とも時間は?」
「……すまないがそろそろだ」
ダンテが静かに答えた。
そういえばそうだ。出られないアヤノはともかく、他の3人は時間ごとにログアウトする必要がある。もちろんショウもわかっていたはずなのだが。
「オレは大丈夫だぜ!」
「だけどアルも、休憩時間短いまま戻ってもらったからな……」
「だーいじょーぶだって。今日明日の予定も特に入れてねーし。ってかお前が平気なのかよ? 第1ステージからぶっ通しだろ?」
「仮にも運営の人間が、規定を守らないのはまずいのではないか」
ダンテの正当すぎる指摘に失笑してから、ショウは小さなため息をついた。
「悪いんだけど、アヤ、セーフティエリアに戻っていいかな? 僕はそこまでつき合ったら1回落ちる。ダンテはキリのいいところで上がって。アル、僕がいないしばらくの間だけアヤのことたのむよ。何か異常があったらすぐ連絡して」
「別にいいけど」
「おーう!」
「ごめん。次はきっと“オラクル”まで行けると思うから……」
そこでアヤノは、くるりとショウに背を向けた。
少し顔が熱い。
「アヤ?」
「謝らなくていい。さっさと戻ってさっさと落ちれば。……疲れてるんでしょ」
一瞬の間があった。と思いきや、背後から忍び笑う声が聞こえ、低いところからは「バシッ」と音がするほど思いきり背中をたたかれた。
第2章3節 了




