フレンド -1-
草の海を全力で走って走って、少しずつその足をゆるめると、近くには誰もいなくなっていた。立ち止まって顔だけを後ろに向ける。――誰も追ってきていない。
ほんの少しだけちらついた残念な気分は気づかなかったことにして、アヤノはふっと息を吐いた。
「……13、ステージ。本当の最終ステージ」
いいことを聞いたと思う。もともとアヤノの目標は全12ステージのクリアだったが、まだその続きがあって、まだ達成者を出していないという。
どれほどの難易度なのか想像さえつかない。考えるだけで胸が鳴った。知ったからには最高峰を目指すしかないだろう。あの妙なメッセージさえなければもっと気持ちよく新しい目標に向かえただろうけれど、それはなんとかして忘れることに決めた。
「まずは……第2ステージの“オラクル”」
たぶん、まだ適正レベルには遠いはず。レベルが足りなくても挑戦はするが、1度でクリアは無理だろう。というか何度失敗するかわったものではない。
でも――それでも。
「やってみよう」
自分で決めて、実行することに意味があるはず。
とにかくオラクルエリアへ。アヤノは勇んで地図を開いた。全体をざっと見てから自分の現在位置を確認する。
そうして、目を疑った。
「あれ……どこ、ここ……?」
凹凸はありつつだだっ広いだけに見える草原の中にも、ショウが言っていたとおり、道が表示されている。その範囲内で動くいくつもの光のうち、白いものはプレイヤー、赤いものはモンスター。そして自分の現在位置はオレンジ色で表示されている、はずだ。
オレンジの光は確かに見えた。しかしその位置は、“道”からははずれていて。
つまり自分は、今、本来いられるはずのない場所に、いる――?
しばらく思考が停止した。しかしなんとか気を取り直す。きっと妙なバグだ。正規の道に戻れば、きっと大丈夫。
よく方向を確認しながらそろりと足を動かす。地図上でオレンジの光が道のある方へ移動する。大丈夫だ。もう少し――
戻った。特に何も特別なことはなかった。ほっと息を吐きながら、これからは気をつけなければと自戒する。なんの支障もなく道を踏み外して気がつかないような事態が、これからも起こらないとは限らない。
そこまで考えて、アヤノははっと身構えた。
敵が発生した。黒いもやから形を取ったのは2匹の蝶だ。それもヒトと同じくらいだろうかというほどの巨大サイズだった。
「初めての敵……まずは、様子見……!」
剣を抜きながら少し下がる。蝶はそれぞれに、ふわりふわりと動いた後、前方で羽を合わせた。
それを開いた瞬間、ぱっと金色の鱗粉が舞った。
とっさに走る。大したことのないものに見えるが、“敵”が放ったものである以上触れては危険だ。
ところが向かったその先で、もう1匹が同じ動きをとった。鱗粉が撒かれる。あわてて立ち止まるが、2方をすでにはさまれた。パニックになりかけたところをぎりぎりでこらえ、両方の蝶に背を向ける。せめて遠くへ。影響を最小限に。
駆けだしたところへほんの少し、背中をなでる感覚があった。途端にぐんと生命力が減る。予想はしていたもののこれはまずい。
このまま逃げるか。戦うのか。
「――やられても、2レベルダウン、だけ」
結論を出す。ここで逃げるよりは、たとえ負けても経験を積んだ方がいい。経験値という数値は減っても、実際の経験として自分の中には残るのだ。悪くない。
というより、ひとりで進む以上はそれしかないはず。
足を止めてふり返る。あと攻撃を2度ももらえば終わりだろうが、それまでに得られるものがあれば。
そう思いながら視界に捉えた1匹の蝶が、助走をつけるようにふっと下がった。
突進だ。直感したが、とっさに体が動かなかった。
体当たりが直撃すればかなりのダメージを食う。残念ながら今回はここまでか。アヤノは逆にふっと力を抜き、せめてその速さを計ろうと、正面に蝶を見据えた。
その時だった。
「アヤっ――このバカ!!」
急に突き飛ばされて、草の上をごろごろと転げる。その耳に、ドン、ドンッと発砲音が響いた。
ぱっと顔を上げる。目の前に、蝶からアヤノを隠すように立ちふさがった人影は、ずいぶんと大きく見えた。
「……アル? なんで」
肩越しに見せたアルの横顔が赤い。かなり、怒っているようだ。
「何やってんだ! 死ぬ気かお前!?」
「あ……うん」
「『うん』!?」
「だって。っていうか、なんで?」
こちらから突き放したのだから、呆れてあきらめてくれて良かったのに。
わざわざ助けに来るなんて。自分が弱いからか。女だからか。だから放っておけないとでもいうのか。
と――アルは、怒鳴った。
「お前なあ! 1回だけでも、いっしょに戦った仲間だろうがよ!!」
それ以上はさすがに会話を続けられない。アルは素早く銃身の向きを変え発砲した。一撃をくらって落ちた蝶にためらいも容赦もなく追撃し、ほどなく霧散させる。
アヤノは立ち上がった。人任せにしてばかりはいられない。




