ゲームオーバー -1-
『あやの……さ……何してら……るんです……?』
うるさいな。ほっといてよ。
『パソコ……つけっぱなし……は……』
だから。ちょっと、うるさいってば――
――ねえ。
僕が……『助けて』あげようか?――
* * * * *
「!?」
ざあっと砂嵐が頭の中を駆け抜けた。
アヤノは思わずひたいを押さえる。ふるふると首をふってからまた顔を上げた。
「何、今の」
目の前の風景は目を閉じる前と変わらない。白壁の建物が建ち並ぶにぎやかな町。一応、古代ギリシャがモデルらしいと聞いている。
それに対してコスチュームは自由度が高い。はっきり言って町並みとの釣り合いは微妙だ。甲冑姿、アラビアン、インドのサリーのようなもの、果ては着流しや巫女服まで、とにかくいろいろな衣装が入り乱れている。
『戦士』が多い。次に『術士』。『召還士』はちらほらとしか見えない。職業の違いはすぐわかる。装備できる宝飾の石が、戦士は赤、術士は青、召還士は黄色と色分けされているのだ。
「……。何してたんだっけ、わたし」
なんだか頭がぼんやりしている。
とりあえず腕を上げてみた。手を握って、開く。次に脚。動かして、1歩前に出る。
そこまで確認して、急にばかばかしくなった。どうしてこんなことをしようと思ったのだろうか。
ふり返ると、アヤノの身長の2倍ほどもある木の扉が視界に入った。扉だけでうしろに建物はない。そして目線の高さには光の文字が浮かんでいる。
“はじまりの扉”
セーフティエリアの中央に配置されている、各ステージの出入り口だ、たしか。アヤノはそれを思い出して首をかしげる。
自分はフィールドの途中まで進んでいたところじゃなかったろうか。
――1回、死んだ?
と。
「こんにちは」
突然声をかけられた。アヤノはぱっとうしろに跳び、腰の剣に手をかけた。
「誰」
「ひどいな……あいさつしただけなのに」
軽く両手を上げたのは『戦士』の男だった。黒髪に青い瞳。革鎧の下に黒い上下という地味な装備だ。見た目が若いのは仕様なので、年齢は判断できない。
「……レベル6。まだ始めたばかり?」
相手は手を上げたまま、気にした風もなく話しかけてきた。名前とレベルは視覚情報として表示される。彼のレベルは87。名前は――“ショウ”。
アヤノは顔をしかめながらゆっくりと剣を抜く。
「だったら何?」
「まだパーティ参加もしてないのかな」
「興味ない」
「どうして?」
「他人と馴れあうためにやってるわけじゃないし」
「へえ」
ショウは肩をすくめ、そろりと手を下ろした。
「タチの悪いやつもいるから、知らない人間を警戒するのは悪いことじゃない。だけどフィールドをひとりで進むのは効率が悪いかな」
「いいの。ほっといてよ」
アヤノは剣を戻し、ぷいときびすを返した。
背後からショウの声が聞こえた。
『システム:フレンド申請』
ぽん、と頭の中で音がする。視界の隅に「フレンド申請」の文字が浮かんだ。
「気が向いたら認証しておいて。縁があったらまたね、“アヤノ”さん」
ふり返ると、ショウは商店のある方へ向かっていくところだった。アヤノは少しだけそれを眺めてから、自分もフィールドを目指して歩き出した。
そして、途中でふと立ち止まり、つぶやいた。
「フレンド申請って……なんだったっけ?」
* * * * *