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THEOS KLEIS ‐テオス・クレイス‐  作者: 高砂イサミ
第13ステージ:『  』
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オラクル VS. アヤノ -3-


 時が止まったような沈黙が流れた――かと、思いきや。


「……うそつき」


 ファントムが耐えかねたようにつぶやいた。口調はほとんど素に戻っていて、もはや“ショウ”を装いきれていなかった。

「お前さあ、こっちで一緒だったときにも同じ事言ってたじゃん! 『できることならなんでもしてあげる』とかってさあ! なのに、今じゃもうそいつらのが大事だっていうのかよ!」

 まるでだだっ子だった。ショウが眉根を寄せ、自身を落ち着かせるように、ひとつ、息を吐く。

「……あの時は本当にそのつもりだったよ。だけど、それとこれとは関係ない。どっちが大事かなんて、どっちも大事に決まってる! だからこそ! 君の間違いを正したいんだ!」

 ダンテが目を見張りふたりを見比べている。その最後にアヤノへ向けられた視線は、なんともうしろめたそうだった。どちらのショウが本物なのか、誰が嘘をついていたのかを、理解してくれたらしい。

 それだけでも力の抜ける思いだった。ただし、まだ何も解決していない。

 本題はここからだ。

「ぼくは間違ってなんかない!! これ以上、邪魔すんな!!」

「間違ってない――本当にそう思う? ちゃんと周りを見てごらんよ」

「え」

 ファントムもまた、気付いたようだ。己が浴びている視線。そこに含まれる、失望の色に。

「お前が、偽物なのだったのだな」

「マジかよ……つかオレさっき、アヤに攻撃……」

「完全につられちゃったみたいねぇわたし達」

「すまなかった、アヤノ。謝罪して済むものではないが――」

 アヤノは沈痛な面もちのダンテに、その後ろのふたりに首を振って見せた。皆を責めようなどという気にはならない。自分ももしかしたら、あちら側に立っていたかもしれないのだ。

「いい。わかってもらえたから。今は、あっち」

 改めてファントムに視線を向ける。と、彼は顔を歪め、後じさった。

「なんだよ! そんな目で、見るなよ……!」

 それを追うように、ショウが進み出る。

「もう終わりにしよう。ここを開けて、僕達を帰してくれないか、ファントム」

 しばしの沈黙。その間に街の景色は完全に砕け落ちて、周囲はまた闇ばかりの空間に戻っていた。

 そして。

「……いやだ……」

 不意に、ファントムのまとう気配が澱んだ。まるで彼の周りの闇が凝っていくようだった。アヤノはとっさに剣を構えかけたが、手を上げてそれを止めたのはショウだった。自分に任せてほしいと、青い眼はそう訴えていた。

「ファントム」

「なんでぼくばっかり責められなきゃならないんだ! なんでいっつも、みんなお前の方につくんだよ! あの頃なんてぼくより弱かったくせに! なんで!」

「ファントム……!」

「ここでのぼくは神様だ!! なんでも思い通りにできるはずなんだ!! だからお前らも、思い通りになれよ!!」

 足下からの黒い霧が噴き上がる。同時にファントムの姿が変貌した。こちらが本来の彼なのだろう。黒髪黒目で、顔立ちは想像以上に幼かった。衣装は派手な黄金色の鎧。武器は、ショウと同じ長剣だ。


魔法マギア!:メテオリティス!!』


 そんなことを見て取る間もなく、ファントムは問答無用で魔法を撃ってきた。思わず声を上げかけたけれど、ショウは動じない。

 瞬く間に光の矢がショウを貫いた。――が、ショウは何事もなかったかのように、変わりなくそこに立っていた。


『メテオリティス!! ケラヴノス!!』


 次々に繰り出される強力な光の攻撃魔法。それらは、何度直撃しようとショウを傷つけることはなかった。アヤノがあっけにとられてその光景を眺めていると、不意にショウが口を開いた。

「無駄だよ。わかってるだろう? “この世界”はそういう風にできてるんだから」

 1歩前へ出る。ひと呼吸待って、また1歩。

 ショウは剣を携えて、ゆっくりとファントムへ近寄っていく。

「忘れたなんて言わせないよ。『プレイヤーは他のプレイヤーに対し、ダメージを与えることはできない』」

「……やめろ」

「ただし例外は、運営から派遣されているプレイヤー。『該当の者は、規約違反者等を強制的に排除することができる』。それが、この“ゲームの世界”でのルールだ」


『クラティラス!!』


 ショウの足下が瞬時に沸騰した。深紅に染まる地面を、それでも気にする様子もなく、ショウは進む。

「みんなが楽しむために創られた世界で、いま、ひとりの身勝手な行動が混乱を招いている。僕は僕の役割からも、その原因である君を、排除しなきゃならない」

 不意に、ショウは跳んだ。

 はっと視線を移したときにはすでにファントムを押し倒して、覆いかぶさるように両肩を押さえつけていた。組み敷かれたファントムは完全に硬直している。ショウの陰になり表情はうかがえないが、聞こえてきた声はか細く、震えていた。

「待ってよ……ぼくを、どうするつもり……?」

 ショウの顔もまた、アヤノからは見えない。ただ、答える声は思いのほか穏やかだった。


「君もここから出るんだ。僕達と一緒に。帰ろう、一緒に。――“トモヤ”」


 ちょっとそんなんでいいのぉ、とはユーリの言だ。アヤノも思うところはいろいろある。が、止めようとは思わなかった。

 ファントムからの返答は聞こえてこない。そこでアヤノは、そろりとふたりに近づいてみた。

「……ファントム。さっきのあなたの質問。どうしてみんなが、ショウの味方するかっていうの、だけど」

 ショウ自身には答えられないだろうから、代わりに主張しておきたかった。というより、自分達のリーダーを自慢したかっただけかもしれない。


「少なくともわたしは、わたしがショウを信じる理由は、ショウが、自分のことなんかどうでもいいみたいに他人の心配ばっかりしてる馬鹿みたいなおひとよしだから……だよ」


 ショウが肩越しにこちらを見返った。何か言いたげだったけれど気にしない。

 そんなことよりも、ショウの下から弱々しい声が聞こえて、そちらに耳を傾ける。

「バカみたいな……おひとよし……」

「そう。自分のことばっかり考えてるあなたとは、逆」

「……」

「だけどショウなら、あなたのことも、助けてくれる。信じてだいじょうぶだよ。だって……ショウだよ?」

「ええと――その話はちょっと置いておくとして」

 慌て気味にショウが割り込んできた。照れなくてもよさそうなものだが、本題でないことは確かだから、この後はおとなしく譲ることにする。

 ショウは苦笑して、再びファントムに視線を落とした。

「それで、どうするの。トモはこれからもずっと、ここでこうしていたいの? ひとを騙して言うことを聞かせて……独りで神様を気取って。それでいいの?」

「……。知ってた」

 ふとファントムがつぶやいた。どういう意味かと首をかしげるまでもなく、ぽつりぽつりと、先を続ける。

「お前が、あほみたいなお人好しってことなんて。知ってた」

「あの、君ね」

「だからさ。怒ると思ってなかった。あんな風に怒るの、知らなかった」

「っ!」

 ファントムはいきなり、全力でショウをはねのけた。

 次の瞬間、視界はまばゆい閃光でふさがれる。それはちょうど、各ステージ間を移動するときと同じ感覚だった。


「もうお前なんて知らない! そいつらと一緒に、勝手に帰ればいいじゃん! ――ばいばい、ショウにいちゃん!」


 荒れ狂うような光の渦の中、それがファントムの言葉を聞いた最後だった。

 アヤノは必死に他の皆をさがそうとした。しかしあっという間に意識まで光に閉ざされて。


 すぐに、何もわからなくなってしまった。




第13章 了

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