リアル -4-
「……ねえ。まだ、よくわからないんだけど」
アヤノは狂ったような哄笑を遮った。と、ショウの姿のファントムはぴたりと笑いやみ、胡乱な目をこちらへ向ける。
『なんだよ』
「もう少し聞かせてほしい。……あなたは、その、死んでるの……?」
『そうだって言ってるだろ』
相手は全力で不機嫌さをアピールしてくる。しかしこちらも、その程度で引き下がっていられない。
「だったらどうして、ここに?」
『それはぼくにもわからないな。気がついたらこっちに来てたんだ。あれかな、死んだときにヘッドセット着けてたせいなのかな?』
「それって……どんな状況……」
『あれ着けてたってココは出てるじゃん。横に引き切るくらい簡単なんだって。こんな風に』
こともなげににこりと笑って、ファントムは、親指で自分の首を切る仕草をした。アヤのはまたしても一瞬言葉に詰まってしまう。
「自分、で……? どうして……?」
『どうして! どうしてだって! さっきから言ってるじゃないか!』
突然の激昂。ころころと、本当によく変わる。
『みんなしてぼくの邪魔ばっかりするから! ぼくはこっちの世界が好きなだけだったのに! 来ようとすると誰も彼もぼくを止めた! 戻ってこいって! ずっといっしょにやってきたショウまでいっしょになってさあ!!』
そこで今度は急に声のトーンが落ちる。アヤノはひとまず、黙って聞いている。
『リアルなんて戻る価値ないのにさあ……だから捨ててやったんだよ、向こうのもの全部……! そしたら案の定快適だった! 集めてたアイテムはまるまる残ってたし、レベルも上げるだけ上げておいたそのままでさあ。ぼく強かったんだぜ? おまえけにいつの間にか、こんな風に新しい空間をつくる力まで身についててさあ? 難点といったらひとつだけ、他のヤツにこっちの姿が見えてないみたいで、ぜんぜんコンタクトがとれないことくらいだったかなあ?』
“ファントム”――あるいは“ゴースト”。
不可解な噂の根元はここにあった。本当に、ずっとここにいたのだ、彼は。そうして誰にも姿を認められることなく過ごしてきたところへ、アヤノは出会ってしまったらしい。彼と直に接触できる初めての人間として。
しかし、それにしても。
「あと、ひとつだけ。……あなたは結局、何がしたかったの?」
声がかすれている自覚はあった。なにしろ頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。だから、彼の口からもう1度、はっきりと聞きたかった。
アヤノ達5人を“こちら側”へ閉じこめた目的は。真意とは。
『だからさ、もう何度も何度も何度も言ってるじゃないか』
ファントムは落胆したように肩を落とした。
『見てるとさ、こっちにいる間はみんな楽しそうなんだよ。で、帰るときには決まってつまらなそうな顔するわけ。つまりさ、みんないつまでもここにいたいんだ。ぼくと同じように。それで思ったんだ。ぼくならみんなを“助けて”あげられるんじゃないかって』
ファントムは、ショウの姿のままでゆっくりとこちらへ歩いてきた。アヤノは思わず1歩下がる。が、まるで魔法のように、あっという間にショウの顔が眼前に迫る。
『アヤ、もちろん君のことも助けたいんだ。君が大切なものといっしょに、現実での希望を失ってたこと、ちゃんとわかってるからね』
表情も声音も、ショウそのものだった。その言葉こそが真実なのかもしれないと、一瞬錯覚を起こすほどには。
『だからおいで。現実なんて忘れて。その方が、幸せになれるよ』
それでも――やっぱり違うと、そう思える。
「ファントム。わたしは、あなたとは違うことを考えてる」
『……え?』
「ショウやみんなと、戦ってきて、その後で、もう1度自分のこと、見返してみて。わかったの」
合間に息を整える。こんな風に意見を表明することなどめったになかったから、自分でもおかしいくらいに緊張していた。
「あなたは現実よりこっちの方がって言うけど……“こっち”だって、現実の続きでしょ。ここでのわたしは“アヤノ”だけど、それでも、わたしは“新庄綺乃”。現実に生きてる人間、だよ」
ショウの――ファントムの顔色が変わった。けれど1度語り出してしまったら、案外と言葉は止まらなかった。
「こっちの世界でだって、わたし、最初はぜんぜんうまくやれなかった。戦うことも、他の人とつき合うのも。だけどショウは、そんなわたしを否定しないでいてくれた。あなたと違うやり方で、助けてくれた」
『……』
「それに、ショウと約束したの。みんなで帰ろうって。それを忘れてしまうようなら、思い出させてほしいって!」
反論されると思わなかったのだろうか、ファントムは何も言ってこない。
しかし、そんなことはどうでもよくて。
「だからわたしも、約束を守るの! みんなで帰るの! だから、ショウを返して! 本物のショウを、返して!!」
+ + + + +
――わたしも、約束を守るの――!
確かに聞こえた。
アヤノの声が、叫びが聞こえた。
同時に、ほとんど力を失っていた指先が、ぴくりと震えた。
第13章2節 了