リアル -3-
ひとつまばたきをする間に、がらりと風景が変わった。アヤノは再びあの暗闇の中に戻ってきていた。驚きはしない。そういうことができる相手なのだろうと早々に割り切った。
そして『そういうこと』ができそうな人物を、アヤノはひとり知っている。
「あいつ、って……ショウのこと?」
『他に誰がいるんだよ。ていうか君さ、おとなしそうな顔の割りに実はすっごく図々しいよね。つきあいなんてほんのちょっとの間しかしてないくせに、あいつのことはよく知ってますみたいなさあ』
「そんなの、思ったことないけど」
『態度に出てんだよ!』
あいかわらず見た目はショウのままだけれど、口調がまったく違っている。子供のような、短気さを感じさせる雰囲気。これはやはり。
「あなたに、そう見えてるだけ、なんじゃないの。……“ファントム”」
彼は一瞬だけ黙った。しかしすぐに、いやらしく口元が歪んだ。
ショウの顔でそれをされると、わりと、かなり不愉快だった。
『ばれちゃったかあ。なんで? どの辺でぼくってわかったの?』
無理に隠すつもりはないようだった。だからこそ次はどんな行動に出るかわからない。アヤノはいつでも動けるよう、さりげなく膝に力を込めた。
「ここ。前にあなたに呼ばれたときの空間と似てる。あと、そのしゃべり方」
『それだけで? へえ名探偵じゃん!』
「こっちからも質問したいんだけど」
『いいよ? 何?』
「あなたは……ショウと、長いつきあいみたいだけど。いつから?」
『んー、この世界ができてすぐくらいかな?』
「もしかして、同じパーティに、いた?」
『いたよ。一緒にプレイしてた』
あまりにもあっさりと。答えは返ってきた。
アヤノは急激に速くなっていく鼓動を抑えながら、ショウの姿の“ファントム”を見据えた。
「ショウは、ファントムはもういないって。“テオス・クレイス”から離れたって、そう言ってた」
『半分本当だけど半分は嘘だね。現にぼくはここにいる。まあショウがそう思ってたのは無理ない話だけど』
「……?」
『わからない? だろうね。ぼくは、“あっち”にはいないんだ――もう、死んでるからさ』
「!?」
『ははっ、驚いてる驚いてる』
こちらの反応に気をよくしたようで、ファントムの目がぱっと輝いた。アヤノが言葉をなくしている間にテンション高くまくしたてた。
『そうさ! ぼくはあいつのせいで死んだんだ! あいつがぼくを裏切ったから! だけど今では感謝してるよ! この世界ではぼくはなんでもできる! この世界でなら! 僕は、神だ!!』
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――もう、やめてくれ……
朦朧とする意識の中でも、ファントムの声だけははっきりと聞こえてきた。
アヤノと話しているのがわかる。自分のことを話しているのが、わかる。
脳裏をよぎるのはあどけない子供の顔だ。生前の彼はショウを慕ってくれて、一緒に“テオス・クレイス”を隅々まで探検して回った。
懐かしい話だ。
けれど。
『ショウ兄ちゃんだけは、味方だと思ってたのに!!』
記憶の中の顔さえぐにゃりと歪む。そうして最期に放ったひとことが、いつまでもショウを責めるのだ。
違うんだ。そんなつもりじゃなかった。
君がそこまで思い詰めていたなんて、思わなかっただけで――
そんな贖罪の言葉どれだけを並べようと、結局のところは言い訳だ。決して彼に届くことない。第一自分は、彼が自ら死を選んだ時、引き留めることができなかった。というより、引き留めることをためらってしまった。
責められても仕方がない。この期に及んで許されようとも思わない。
ただ、せめて。
「アヤ達には……手を、出さないでくれ……!」
その一念だけで意識は保っていた。
しかし時を追うごとに抗う力は奪われていく。ファントムが魔力で喚びだした蔓は、もがけばもがくほど全身をきつく締め上げた。どうしても抜け出すことができない。
どうにもならないのか――あの時と同じように――
ファントムを目の前で失ったときのように。気力も体力も削られて、だんだん力が入らなくなって。
ほんの一瞬、気が遠くなった。
ちょうどその時だった。唐突に、ファントムではなく、アヤノの声が耳に飛び込んできた。
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