リアル -2-
伸ばした指先がショウの手に触れる。
しかしアヤノは、反射的に手を引いた。そうして怪訝そうにこちらを見ているショウをじっと見返す。
「アヤ? どうかした?」
「……」
「早くおいでよ。迷うことなんて何もないでしょ?」
ほんの少し、ショウは目を細めた。
「だって僕だけが君達を理解してあげられるんだ。事情はそれぞれ違っても、みんな、誰かに認められて、受け入れてほしかったんだよね?」
背後で誰かが気まずそうな息を落とした。アヤノもまた、あさっての方へ視線を逸らす。
たぶん、ショウは正しい。承認欲求というのだろうか――無自覚に持っていたものを突きつけられて、内心では身もだえするほど恥ずかしいけれど、同時に、妙な安堵感を覚えている。こんな思いも考えも、誰にも話せなかったから。誰もわかってくれないだろうと、漠然と思いこんでいたから。
「アヤ。君の強さを僕が認めてあげる。
アル。君の理解者に僕がなってあげる。
ダンテ。君の正しさを僕が証明してあげる。
ユーリ。君の自由を僕が保証してあげる。
約束するよ」
共に戦ってきたショウならわかってくれる。常に導き手だったショウなら自分達を助けてくれる。
ショウと一緒に行けば、“あちら側の世界”で、ヒーローになれる――
「みんな。僕と来るよね? そうすれば、幸せになれるよ?」
それまで停滞していた空気が、動いた。まずはアルが。アヤノの横からショウの元へ歩み寄ろうとする。ショウは笑顔で両手を広げ、それを迎える。
――が。
「ねえ」
アルの肩をつかんで止める。なんだよ、としかめ面を向けられるけれど、アヤノは逆に1歩下がった。
「……誰?」
「え?」
言われるままに信じていれば――信じたふりをしてしまえば、どんなにか楽だっただろう。
それでもアヤノは、その言葉を口にする方を選んだ。
「あなた……誰?」
ショウの姿をした“誰か”に問いかける。と、彼は明らかに頬を引きつらせた。
「誰って、どういうこと? まさか僕の顔を忘れたなんて言わないよね?」
「顔じゃない」
「ていうか、僕が“ショウ”以外の誰だっていうの?」
「誰かはわからない。だけど、ショウじゃない。絶対」
「……どうしてそう言い切れるのかな?」
彼の表情は徐々に暗くなっていく。落胆ではない。たぶんこれは、苛立ちだ。
「“約束”」
「約束? それなら覚えてるよ? 『全員で第13ステージへ』、でしょ?」
「違うよ」
本来の、ショウと最初にかわした約束を、アヤノはすでに思い出していた。
というより思い出さざるをえなかった。本当の自分の姿をいやというほど見せつけられたおかげだ。
「約束は……全員、誰1人欠けることなく、“帰る”こと。わたし達の、“リアル”の世界に」
本音では、不甲斐ない自分など思い出したくなかった。帰りたくなどなかった。
それでも忘れたふりはしたくない。それではショウを、ショウとの約束を、裏切ることになる。
アヤちゃん、とユーリがうろたえた声を上げた。それでもアヤノは先を続ける。ここで止めては、“ショウ”の誘惑に負けてしまいそうだ。
「だからショウは、“そっち”に戻ろうなんて言わない。あなたは偽物。……本物のショウは? どこ?」
沈黙。
もう“ショウ”の顔に表情らしい表情はない。ただ冷たい眼差しがこちらへむけられている。それでも、次にその口から出た声は異様に優しい響きを帯びていた。
「僕が本物だよ。いろいろ考えて、君達のことを思って――結論を変えただけ。リアルなんかに帰るより、残る方が絶対にいい、って」
「嘘」
「嘘じゃないさ」
「な、なあアヤ。お前さっきから何言ってんだ? “リアル”とか“帰る”とか……わかんねーよ」
アルが引きつった顔で後じさる。ユーリも、ダンテさえ、反応は似たようなものだ。
「ショウの発言は、筋が通っているように思えるが……」
「ねぇアヤちゃん? なにか悪いものでも食べちゃったりした? 変よぉさっきから」
「変じゃない」
「や、変だろ、どう考えてもよ」
「変なのは、こっち」
ショウを指さす。迷いはなかった。
「だってショウは、理解者になって“あげる”なんて、そんな風に言う人だった?
急に前とは正反対のことを言い出すような、無責任な人だった?
わたし達の意見を聞いてくれる前から、勝手に何か決めちゃうような、そんな人だった?」
アル達に戸惑いが生じる。しかしまだ手応えは弱い。おそらくけれど、偽のショウの方を信じたがっているのだと思う。アヤノと同じように。
このままいけば、ただただ願望の向く方へ流されていくのだろう。その方が圧倒的に楽だから。
「……ねえ、アヤ」
またもしばしの沈黙が続いた後で。
不意に、“ショウ”の口の端が、歪んだ。
『君はあいつの、何を知っているつもりなんだい?』